第38話 出来損ないの芽

 店にいる時間が長くなったせいか、瀬奈の本指名の客は少しずつ増えていった。


 指名してくれる客達は、プライベートでは決して貰えないような褒め言葉をくれた。

 まるで、世界にはこんなに可愛くて性格の良い女はいない!

 生きててよかった!と、いった調子だった。


 その後のプレイで、お返しされる事を見越しているのかもしれない。

 それでも「世界一可愛い女の子」として扱われるのは、瀬奈にとって貴重な体験だった。

 他の女の子達は、美人が多いので「おはよう」と同じくらい、口説き文句は聞き飽きているのかもしれない。


 亮太は、冗談でも瀬奈の容姿を褒めてくれなかった。

 亮太が甘い言葉をささやいてくれたら……。

 瀬奈は想像しただけで、膣の中が微かにヒクヒクと動いた。

 だけど甘えるのが苦手な瀬奈は、そのお願いを口にする事は出来なかった。


 客の言葉は、瀬奈の心の栄養になっていた。

 それだけの価値が、自分にはある。

 瀬奈の自信になる一方で、一番欲しい人からはその言葉がもらえない切なさも、より一層強く感じた。


 冬になり、客足は遠のいているようだった。

 一番の閑散期は、二月らしい。

 ゆりを含めたランキング上位者は、季節関係なく店に本指名の客を呼び、安定した忙しさを見せていたので、あっぱれだった。


 年末年始だけは、イベントもあったので大混雑だった。

 ベティーでは、クリスマスは女の子がサンタやトナカイのコスプレをし、正月は割引キャンペーンを行った。

 特にクリスマスイブは、フリーでも二時間待ちという脅威の混雑ぶりだった。


 イベント時は、通常の一.五〜一.七倍程稼げた。

 それはメリットだが、女の子たちは、裏で息を切らしていた。

 普段ならどんなに混んでいても、連続で接客するのは最高でも四人までだった。

 しかしクリスマスイベントは、そんな生ぬるいものじゃなかった。

 全員が八、九人連続で接客させられた。

 いつもは、一人終えるごとに十五分休憩をもらえる処女の美少女もいたが、今回は皆と同じように扱われた。


 一人こなしても、またすぐに自分の名前がコールされる度、女の子たちは舌打ちをした。

 瀬奈は、百人斬りする侍のような気分だった。

 稼げる事は有難いが、訳が分からなくなるくらいに疲れが溜まった。

 この回転の目まぐるしさについていくだけでも必死だった。


 あまりに客が来るので、亮太が紛れていないか瀬奈は不安になった。

 その期間、毎晩ギターケースを開けてチェックしたが、相変わらず名刺は一枚も増えていなかった。

 亮太は良い子だった。それに忙しそうだった。


 亮太はクリスマスの夜にライブがあり、打ち上げで朝帰りだった。

 翌朝にむくんだ顔の彼と、コンビニで買ったクリスマスケーキをつついた。

 全然ロマンチックじゃなかった。


 そして大晦日から、彼は帰省した。

 瀬奈はいつも通りベティーに出勤した。

 なんとも味気ない正月だった。

 来年こそは、亮太の帰省に嫁としてついていけますように。

 一人で行った初詣で、瀬奈は切実に願った。


 瀬奈は年末年始にかけてのイベントで、フリーの客と山ほど出会った。

 イベント後も、一日10人以上の相手をした。

 新人期間を過ぎて、本指名が少ない中、それだけの人数を回してもらえたのは、店長が瀬奈の根性に期待してくれているからだと自負があった。

 それに応えるように、瀬奈は出来る限り手を抜かなかった。

 しかし、本指名としての返りは想定以上に悪かった。


 四ヶ月目が終わる。

 今月の瀬奈には21本の本指名が来た。

 最下位だった瀬奈は、67人中29位まで上りつめた。


 それでも、カレンは軽々と1位を取った。

 トップ3は鬼のような差の見せ方で、1位のカレンが85本、2位のゆりは79本、3位の花は76本だった。


 あと四倍以上やらないと、カレンには届かない。

 三十分間の全力疾走を、繰り返し続けた結果がこれか。

 そう思うとやるせなかった。


 先月、山のように訪れたフリーの男達はどこに行ったのか。

 200人弱は、いたはずなのに。


 五ヶ月目に入った。

 瀬奈は、ランキング表にだんだん目が向けられなくなった。


 大きな白い紙にグラフが載っていて、毎日ボーイがピンク色の蛍光ペンで記入していく。

 自分より上位の人達は、順調に伸びていく。

 愛情という養分を、しっかり浴びて伸びる朝顔のようだった。

 自分のバーは、お日様も肥料も与え忘れたみたいだった。

 出来損ないの芽は、いつか枯れてしまうんじゃないか。

 瀬奈は、もどかしかった。

 店長は、それを見かねて宣材写真を取り直してくれた。


「私って、何が足りないですか?」


 瀬奈は矢崎に聞いてみた。

 彼はプレイ中にシートを巡回する事が多かったので、新しい視点での感想が聞けると思った。

 しばらく彼を避けていたから、二人きりで話すのは久々だった。


「うーん。本当に割り切ってよくやってると思うよ。

 だけどミルクちゃんに成績をつけるとすれば、攻めは5、受け身は1なんだよね」

 矢崎は申し訳なさそうに言った。


 瀬奈は信じられなかった。

 こんなに頑張っているのに、1とはどういう事なのか。

 ゆりの教えも守り続けていた。


「痴女っぽさが足りないというか……。

 自分からお願いするくらい攻められたいって顔とかしないでしょ?

 イッてるようにも見えないし。

 お客さんって欲しがられたいんだよ。それに自分のテクニックで女の子をイカせてるって、心も満足したいんだよね。

 だからもっと感じて、もっと欲しがってあげたら喜ばれるんじゃないかな」


 一度改善したつもりの課題に、再びぶつかってしまうのは、悔しかった。

「善処します」

 瀬奈の真面目さが頼もしかったのか、矢崎ははにかみ、頰を撫でてくれた。


 彼は本当に愛おしいと感じているような目をするので、瀬奈はすぐに目をそらした。

 もう、そんな風に見つめないで欲しかった。

 精神安定剤に惚れてしまいそうな自分を恐れた。



 

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