第37話 迷い

「ゆりさんは、ずっと風俗やってて、身体大丈夫なんですか?」


 瀬奈は箱に詰められたワッフルを一つ取り出し、ゆりに差しだした。

 今日ゆりとシフトが被るのを知っていたので、二人分を買ってきた。

 表面にコーティングされた砂糖のざらつきが、瀬奈の口の中で溶けた。


「まあ今のところはね。周りからは、『もっと体を大事にしなよ』って言われるけどね」

 ゆりは四角いワッフルの半分を、一口だけで喰いちぎっていた。


「でもさ、それって的外れに思えちゃうんだよね。

 そういう事言う奴って、大抵安定しか求めてないから。

 私は体より心を大事にしたいの。だって考えてもみなよ。

 会社に束縛されてるサラリーマンの方が、よっぽど心を粗末にしてない?

 納得出来る仕事と給料もらえてる奴がどれほどいる?

 私は、自分のやりたい事を仕事にして、荒稼ぎも出来るから自由だよ」


 信じる道を、納得して進んでいけるゆりを、瀬奈は羨ましく思った。

  

 瀬奈は体調不良以来、ベティーを辞めたくて仕方なかった。

 納得いかない給料でも働くサラリーマンの方が、ピンサロ嬢よりよほど素晴らしいように思えた。


 今日、出勤前に婦人科に行き、性病検査の結果を聞いてきた。

 まんこのかゆみは性病ではなかった。

 カンジダという人の肌に元々いる菌が、普通よりも多く発生してしまったそうだ。


「清潔にしすぎると、かえってなりやすいんですよ。お風呂の石鹸で洗いすぎるとか」

 医師の言葉でギクリとした。

 瀬奈はプレイが終わる度に、必ず低アルコールの脱脂綿でまんこを拭いていた。

 かゆくなってからは清潔一番だと思い、一度に二、三枚使って全面的に拭いていた。


 診察後、かゆみを抑える為の、塗り薬と飲み薬を処方され、一件落着した。

 口内炎も薬を買った。

 胸の張りは、生理が落ち着くまでの辛抱だった。


「ボーイも性病の事とか変に隠すから、余計不安になるよね。

 カンジダなんかよくある話だよ。でも、軽度でよかったね」

 ゆりは二つ目のワッフルを飲みこむと、指を舐めた。


「待機室で他の女の子から、口内炎から性病移るって話聞かされて、焦ったんですよね。ピンサロは性病にならないよって、中澤さんに言われてたから」


「いや、粘膜接触あるところなら、可能性は0じゃないよ。

 でも、リスクのない事なんて世の中に一つもないしね」

 泣き言を言わない腹の据わったゆりに、瀬奈は感心させられた。

「まあ風俗やってると避けられないって事ですかねえ……」


「いや、そうでもないよ。粘膜接触ない風俗だってあるし。

 性感エステとかSMクラブとかオナクラとか」

「風俗って、そんな種類あるんですか?!」


「うん。てゆうか、そもそもピンサロって風俗じゃないからね」

「どういうことですか?」

「建前上は飲食店だから。ほら、必ずボーイってお茶出してるじゃん」

「え、、」


 手を洗わせなければシャワーもないのに、律儀にお茶だけ出していたのは、そういう事だったのか。

 入店した頃からの疑問が、やっと解けた。


「だからガサ入れあったら、風俗店として届け出だしてないから、パクられるんだよね」

「うん?警察に、捕まるかもしれないってことですか?」

 ゆりがあまりにも自然に言うので、瀬奈は耳を疑った。


「ま、滅多にない事だけど」

「なのに、ゆりさんはなんでここにいるんですか?」

「うーん、それも含めたゲームかなって」

「……ピンサロって私たちにメリットありますか?」

「私は、楽しい。あとは時給。くらいかな?

 他の風俗に比べたらバックも少ないしね」


 瀬奈は、脳天に一発喰らったような衝撃だった。

 なにも言えなかった。

 あたりまえのように受け入れられるゆりに驚きもした。


 ここまで性的な事をしているのに、風俗じゃないなんて。

 なんだか納得いかなかった。


 身体を壊すまでの苦労をして、働くべき仕事なのか。

 ますます瀬奈は分からなくなった。

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