第32話 必要なのに尊敬されない仕事➁


 しばらくすると、彼は瀬奈の膣の中から、そっと指を引いた。


「ねえ……それ演技?」


「違うよ」

 瀬奈は血の気が引いた。

 完璧に喜んでもらえるはずだった。


「すっごく、、気持ちいいよ」

「じゃあなんで、こんなに乾いてるの?」


 体は嘘がつけなかった。

 まんこは、男のチンコのように、丸出しじゃなければ射精もしない。

 目で見て分かるものじゃないから油断していた。

 瀬奈自身も驚いて、言葉が出なかった。


「うわ、ピンサロ嬢ってこわっ。やっぱ風俗やってる子って不感症になっちゃうんだ」

 彼の一物は、途端にくたりと柔らかくなってきた。


「可哀想だね。彼氏いんの?これなら普段のセックスも大変そうだね」

 まだ若い彼に悪気はない。

 素直にそう思っただけなのだと、瀬奈は自分に言い聞かせた。


 それでも彼の言葉に傷ついた。

 普通の人じゃ出来ないくらいに、エッチのスキルがあって、愛も注ぐ特別な仕事なのに、可哀想なんて言われたくなかった。

 欲しいものの為に、失うものがあるのは仕方ないじゃないか。


 しかし相手は客だから、怒りをぶつけてはいけない。

 瀬奈はなんとか気持ちを抑えようとした。


「ごめんね!元々濡れにくい体質なんだよね。

 実は私、プライベートもドSで攻める方が大好きなんだよね!えへっ」

 満面の笑みを浮かべたが、自然と一物を握る手に力が入った。


 射精後、彼は蔑んだ女の手でイッた自分が腑甲斐なくなったのか、眠そうな顔で

「ちんこと俺は別人だからな」

 そう言って帰った。

 その後ろ姿を見送りながら、瀬奈は舌打ちした。


 一方、ギリギリまでプレイしていたカレンは一番最後にシートを出た。

 別れを惜しむように客にキスされ、笑顔で見送っていた。


 瀬奈はその様子を横目で見ると、逃げるようにトイレに駆け込んだ。

 便座に座り、髪が乱れるのを恐れずにぐしゃぐしゃに掻き回しながら、冷静になるまで待った。


 カレンに勝手に勝負を挑み、打ちのめされたのは悔しかった。

 完全に自爆だった。

 かなり凹んだが、それよりも深く、青年の言葉が心に突き刺さっていた。


 彼は、昔の自分と似ていた。

 青年と同じように、瀬奈も風俗嬢を蔑んでいた。

 理由なんてない。

 身体を売る人は可哀想、汚い、それしか能がない。

 それらは、ただ擦り込まれた概念に過ぎなかった。


 ピンサロは、真面目にやればやるほど、プロの射精師と呼んでも過言じゃないくらい、職人技のような仕事だった。

 射精だけじゃなく、心も満たす。

 瀬奈だって、ここで働くまでは知りもしなかった。


 行き場のない性欲を昇華させる道徳的な仕事だ。

 しかし必要とされても、尊敬はしてもらえない。

 皮肉だった。


 昔の自分や彼のように失礼な客は、今後もこの店で出会い続けていくだろう。 

 瀬奈の憂鬱は深まるばかりだった。

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