第28話 当たり前の希少さ

 ある日、瀬奈はベティーを休んだ。

 営業会社の都合で、急遽休日出勤しなければならなくなったからだ。

 店とはメールでやりとりし、当日欠勤でも了承してもらえたので助かった。 

 

 次のベティーの出勤日、店長から呼び出された。

 平日の昼下がり、オープンからの勢いが落ち着き、待機室は女の子で満杯だった。


「君みたいな子が一番怖いんだよ」

 開口一番、店長は溜め息まじりに言った。

 てっきり前回の当日欠勤を叱られるのだと思っていたので、瀬奈は戸惑った。


「君みたいな、しっかりした子に限ってね……。

 ある日突然辞めちゃったりするんだよ」

「え?」

 瀬奈は、よく意味が分からなかった。


「他の女の子を悪く言うつもりはないよ。

 でもこの前の君のメールを読んで、改めて礼儀って大事だなって気付いたんだよね。

 皆さ、『頭が痛いから休みます』って、たった一行だけで済ませるんだよ。

 平気で連絡無しでバックレる奴までいるしよぉ」

 店長は疲れた顔で、愚痴を零した。


「はぁ」

「もちろん、彼女たちを否定しているわけじゃないんだけどね」

 店長は早口で付け足した。

 万が一、瀬奈が他の女の子へ漏らした時の為のフォローだろう。

 口元は笑顔なのに、何を言っても目だけは無表情で、まるで顔にビー玉をはめ込んだようだった。


 瀬奈がベティーを休んだのは、隣の部署の部席がノロウイルスで病欠になり、急遽フォローで出勤しなくてはならなくなったからだ。

 瀬奈は丁重に謝罪と欠勤を申請するメールを送り、店長の許可をもらってから休むという段取りを取った。

 瀬奈にとっては当然の事だったし、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 しかしここは社会性が欠けている女の子があまりにも多く、あたりまえが尊い事になっているようだった。

 まさか、そんな事で褒められるなんて思いもよらなかったが、たしかにルーズな子は多かった。


 女の子がいないと、この店は回らない。

 その事を充分すぎるくらいに、彼女達が理解しているからだろう。

 それに彼女達の機嫌が悪ければ、ボーイだって子供をあやすように愛でるから、悪循環だった。


「でもそれって、風俗だったらあるあるなんじゃないですか?」

 瀬奈は、ボーイの対応にも責任があると思っていた。

「まぁ、そうとも言えるけどね」

 店長は、まっすぐ瀬奈の目を見た。


「僕はね、君がこの店にもっと必要だと思ったんだ。

 君の営業会社が『今』どうしても、しなきゃいけない仕事じゃないのなら、この店で本気になって欲しいんだよ。

 君が最近努力してるのは、プレイを見ても分かるよ。

 やっぱり頑張る子ってランキング気にするよね?

 ミルクちゃんも本当は絶対もっと上に行けるはずなんだよ。

 そろそろ稼ぐ為にも、ランキング意識して、目標を立ててもいい頃だと思うんだ。だって、いくらフリーついたって、稼げないでしょ?」


 ベティーは時給が二千円。

 そこにフリーが一本で千円、本指名は二千五百円のバックがつく制度だった。


 補欠から上がれる。

 やっと評価がついてきた事が嬉しかった。


 絶対に言えないけど、亮太に言って喜びを分かち合えたらいいのに。

 瀬奈は、いい女の仲間入りをした気分だった。


「あのぅ、それなら私、1位目指したいんですけど」

「えっ?」

 あまりにも予想外だったようで、店長は目を丸くした。

 瀬奈は出した言葉を引っ込めたくなった。

 でしゃばりすぎたかと思った。


「す、、すみません」

「いや。ここで1位ってことだよね?いいよ、すごくいい!」


「この店、ナメてるとかじゃないんですけど、どうせやるなら、そのくらい本気でやりたいなって」

「そんな気合いあったなんて、本当に嬉しいよ。

 だけどそれなら、平日二日のみの出勤なんて言ってる場合じゃないよ!

 営業会社だと、土日こっちに出勤するの難しいんでしょ?

 分かるよ。だけど、今後はベティー中心のシフトに組み換えないと……」


 土日祝は、どちらの仕事にとっても稼ぎ時だった。

 瀬奈もこの出勤の薄さで1位になれないのは、もう分かっていた。


 どちらかを選ばなければならない。

 永遠と続く、店長の急き立てる言葉を、瀬奈は浴びるように聞いた。

 今までの自分と決別する為には、ケツを叩いてもらう必要があった。

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