第24話 才能のワケ

 ゆりは早速、瀬奈の欠点を洗いだした。


 瀬奈は最下位の原因を、容姿の悪さと年齢のせいにしたが、ゆりはそれを許さなかった。


「あんたは最悪じゃない。根性ある奴こそ、ここで光れる」


 ゆりがあまりにも確信を持って言うので、瀬奈は勇気が湧いてきた。


「ただ今のままだと、あんたは店にとって、合コンの数合わせみたいなもんだから」

「どういう意味ですか?!」


「時々さ、どうしてこんな子いるんだろう?と思っちゃうくらい、ぱっとしない色気のない地味な奴とか、青白い顔した奴が採用されたりするじゃない」

 瀬奈は、その中に自分がいると思うと、簡単に頷けなかった。


「この店は特に、女の子が兵士みたいに扱われてる感じがするのね。

 そもそも、こういう業種は、女の子なんて使い捨てだけどさ。

 一線で戦わせ続けて死んだら終わり。

 はい次の子!って。戦力にならない奴は、一線を遠ざけられて、補欠扱い」


「私は採用された時から、すでに補欠だったんですかね?」

 矢崎の事を思い出すと、とてもそうは思えなかった。


「意地悪じゃなくて、正直に言えば、人手不足を補う為だと思う。

 だけど常に兵力を保つ為に、ボーイって甘いささやきで女の子をキープし続けるの。すごいよね」


 瀬奈はひどく落ち込んだ。

 ゆりは、瀬奈に生ぬるい励ましの言葉は与えなかった。


 ゆりから見た瀬奈の欠点を、プレイの流れの順番に並べると、こうだった。


 ①挨拶。客と長くお喋りしようとする

 ②プレイで客に触られても、反応が薄い

 ③肌を密着させる時間が短い

 ④急いでイカせようとしている

 ⑤名刺を書く時間が長い。客を待たせすぎる


 瀬奈は、スマホでメモした。


 お喋りと、名刺を書く時間が長いのは、瀬奈がプレイ時間を少しでも短くする為に思いついた密かな作戦だった。

 ゆりには、あっさり見抜かれてしまった。


 主に、触られるのが苦手なのが原因だと、ゆりは言った。


 瀬奈はたしかに触られたくなかった。

 嘘でも気持ちよがると、さらに激しく攻められるのを知ってからは、余計に無反応になった。

 だから興奮出来ない客を、残り時間で急いで処理するしかなくなってしまう。


「ゆりさんみたいに、客を受け止めてあげようって気持ちになれないんですよね。頭のどこかで、自分が許せないんですよ」


「許せないとは?」

「出来るだけ……亮太のために綺麗なままでいたい」


「そういう仕事なんだから、出来るだけも何も……。

 諦めは必要でしょ?それに、客だって緊張してるんだよ。

 慣れてる奴もいるけどさ。あんな狭いシートでくつろげない人だっているんだし。それに客がどんな思いで店に来ているのか、考えた事ある?」


 瀬奈は首を横に振った。

 たしかに今のプレイには、どんなに隠しているつもりでも、自分勝手な考えが散りばめられている。

 ゆりは溜め息をついた。


「まあ、彼氏の事もあるだろうし、心の中ではどう思っててもいいから。

 とにかくこれはマストにして欲しいんだけど。

 客の手拭いた後は、すぐに膝の上に跨って。

 そんでなるべく早くキスする事。

 そうしたら二人だけの空間に引き込めて安心させられるから」


 ゆりいわく、空間の密度を高めていくイメージだそうだ。

 フロアでは、混沌とした雰囲気を紛らわすように大音量の音楽が流される。

 その中で客を集中させるには、密着する事。


 そして視覚がとても役に立つ。


 瀬奈は自分のスタイルに自信がなかったし、シートも暗いのでプレイを「見せる」なんて考えもしなかった。

 一物に触れる事でのみ、興奮させようとしていた。


「ミルクの舐め方って土下座してるみたいじゃん。

 それだと客からは後頭部しか見えなくて飽きるから。

 まずは、焦らすように相手の目を見つめながら裏筋を舐めて。

 しゃぶってからも、横からとか、体に添うように寝転んで。

 とにかく自分の全体のスタイルが見える姿勢にして!」


 そんなダメ出しばかりの瀬奈に、ゆりが唯一褒めた事があった。


 瀬奈は先月にイカせられなかった客が、三人しかいなかった。

 理由としては、酒を飲んだ後で勃たなくなったとか、遅漏、七十超えの老人だった。

 三十分という短い時間だと、間に合わない女の子は案外多いらしい。

 むしろ、瀬奈はその事に驚いた。


「今まであんた、よくそんなんでイカせられてたね。

 多分フェラチオの才能あるよ」


 ゆりは大口開けて笑っていた。

 瀬奈も一緒になって笑ったが、心は過去に引き戻された。


 瀬奈のフェラチオは、才能ではなく努力だった。


 瀬奈が亮太の前に付き合った男は、大変な俺様気取りだった。

 そして彼は、瀬奈の初めての相手だった。

 瀬奈はよく髪を掴まれて、力任せに彼の一物を咥えさせられた。


 挿入された後には、瀬奈の顔を隠すようにタオルをかけられた。

 呼吸が苦しくなるのはいつもの事だったし、当時のセックスは快楽とはかけ離れたものに感じられた。


 それを彼に告げると「最初だからだよ、そのうち慣れるよ」と、優しそうに微笑まれた。

 瀬奈はその言葉を信じ、自分が早く馴れないのが悪いのだと思った。


 彼から物のように扱われていると感じる。

 その感覚が間違っているのだと言い聞かせつつ、やっぱり苦しかった。

 

 そこで瀬奈は「フェラチオ大好きっ娘」という設定を作った。

「自由に満足するまでご奉仕させてください」という、たった一つのお願いを、彼は満足気に聞いてくれた。


 瀬奈は、ほっとした。

 自ら奉仕という形を取れば、髪を引っ張られたり、喉の奥に当てられる痛みから逃げられる。

 その後もタオルはかけられ続けたが、瀬奈が色んな舐め方を試し、頑張ってコツを掴んでいくと、苦しい時間を減らす事が出来た。

 瀬奈にとっては、大きな成果だった。


 瀬奈と体を重ねつつも、他の女の事を考えながら絶頂に達していた、と彼から告げられたのは、二人が最後にしたセックスの後だった。

 それから彼とは連絡がつかなくなった。


 そんな苦い思い出を飲み込んでしまおうと、瀬奈は生ビールを一気に流し込んだ。

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