第11話 いざ出陣

 店は、近くにあるマンションの一室を借りて、小さな写真スタジオとして使っていた。

 そこでホームページに載せる為の写真を撮った。


 瀬奈は、成人式以来、本格的な写真撮影をしてなかったので、ひどく萎縮してしまった。

 一体どんな表情でいればいいのか分からず突っ立っていると、ボーイがまずポーズの指導をしてくれた。

 カメラマンは昔、外注していたそうだが、今は彼が担当していた。

 

 彼は中澤と名乗った。

 瀬奈は名前を覚えられる自信がなかった。

 一人目に会ったボーイの名前だって、もう忘れていた。

 名刺交換がないので一度忘れると取り返しがつかなかった。


「よそに頼むより俺の方が上手かったんだよね。それに編集は店長が出来るからさ」

 中澤は自信ありげに話した。

 彼がフラッシュを押す度に、左右に置かれたスタンドが、強烈な光を発した。 

 とても眩しくて、瀬奈は目をしばしばさせた。

 写真は苦手だし、緊張で顔が強張った。


「大丈夫、顔はある程度モザイクかかるから安心して」

「はあ」

「口元しかハッキリ見えないようにするから。誘ってる感じで、にっこりだけしてみようか」

 それを聞いて、瀬奈はいくらか気が楽になった。


「脱がなくていいから、指先で少しだけスカートの裾に触ってごらん」

 清純派を意識した店なのか、ほとんど露出しないポーズばかりだった。

 足の向きや腕の降ろし方、指先の角度まで、中澤に細かく指示され、瀬奈は操り人形になったような気分だった。


 撮影終了の二十分後には、一人目の客をつけられた。


 瀬奈は七本のおしぼりを用意した。

「一本目は、お客様が手を拭く用。

 二本目は、アソコを拭く用ね。この二本は強めのアルコールを浸したものを使ってね。

 残りの五本は、乳首とか耳とか体を拭く為の一本、射精した後で口に出されたものを吐く為の一本、最後にお客さんのアソコを拭いてあげる為の一本、自分とお客さんが手を拭く為の二本。自分のペースが掴めてきたら、このおしぼりは増やしてもいいよ」

 矢崎の言葉を、頭の中で反復しながら準備した。


 瀬奈はとてつもない寂しさに包まれた。

 待機室には、女の子がたくさん居て賑やかだった。

 だけど接客時は誰にも助けてもらえないと思うと、一人で肝試しに行かされるような心細さだった。

 今すぐ家に帰って、亮太を抱きしめたかった。


 シートについた客に、お茶を出した矢崎が戻ってきた。

 客には、手を洗わせなければシャワーも浴びさせないのに、律儀に飲み物だけは提供する。

 瀬奈は不思議だった。


「新人さんが好きなお客さん、いっぱいいるからね。

 僕から『優しく接してあげて下さい』ってお声がけしておいたから。

 あとはミルクちゃんの魅力でメロメロにしてあげて。気負いせず楽しんで!」


 矢崎は撫でるような声で瀬奈を励まし、そっと背中を押した。

 瀬奈は微笑み、深呼吸した。


 白い蛍光灯の待機室を後にして、フロアへ一歩足を踏み出す。

 光の失われた世界にほっぽり出されたような気分になった。

 暗がりに慣れるまでは、睨むようにして目を凝らした。


 向かうべきは部屋の一番奥にある5番シートだ。

 シートは膝くらいまでの高さしかなかったので、そこに辿り着くまでに、様々なプレイが目に飛び込んだ。


 男の上に跨りキスする娘、裸でフェラチオする娘、スカートの中に顔を突っ込まれ股を舐められている娘。

 それらを横目で見ながら、一歩ずつ進んだ。

 自分よりも若い女の子達がプレイしている姿は、研修では見なかった。


 実際目の当たりにしてみると、瀬奈は純粋にショックだった。

 まだ少女のような彼女達が、身体を売っている。

 知っていた、理解していたはずなのに、肌で感じると瀬奈の体は震えだした。

 彼女達を、とてもとても可哀想そうに思った。


 ふと、亮太の顔が頭によぎった。

 目の前に広がる光景の為に、彼はここに通いつめた。

 瀬奈は足を進めるのが、しんどくなった。

 亮太がひどい男に思えた。

 それでも、彼を嫌いになんてなれなかった。


 私の知らない彼を知りたい。理解したい。


 瀬奈は自分を奮い立たせた。

 五メートルにも満たない場所に着くまで、目まぐるしく心が動いた。

 おかげでプレイをするのだという緊張が抜けていた。


 シートに着くと、スーツ姿の男が煙草を吸いながら待っていた。

「初めまして、ミルクです!」

 瀬奈は元気よく挨拶した。

 男は、食い入るように瀬奈の顔を見つめた後で、再び煙草をふかし始めた。  

 短い沈黙が生まれた。

 瀬奈は、彼からの言葉を待っていたが、とてもつまらなそうな顔から、自分と話す気がないのに気付いた。

 一瞬で、巨大な虚しさが瀬奈を襲った。

 いっそのこと、一発殴られた方がマシだった。


 太腿がひやりとした。

 目を向けると、ビショビショにアルコールを浸したおしぼりの水滴が、そこに滴っていた。

 瀬奈は我に返り、慌てて声をかけた。


「お手て拭いてもいいですか?」

 彼の手は、氷のように冷たかった。

 瀬奈は驚いた。

 まるで血の通っていないようなその手を、暖めるように握った。


「外、寒かったから」

 そっけなく男は言った。

「そっか、寒いのに来てくれて嬉しいなー」

 瀬奈は男にもっと近づいてみようと、ぎこちなく寄り添った。

 すると彼は黙って、瀬奈の太腿から尻まで手を滑らせた。


 触れられた瞬間、瀬奈は下半身から震え上がった。

 この手の冷たさに耐えるだけで、体力を奪われていくのを感じた。

 これは全くの想定外だった。

 客が外から連れてきたものを、ストレートに受ける事になるなんて。


 寒さにビクついてしまうのを隠すように、瀬奈は多感なふりをして、小きな喘ぎ声を上げた。

 それくらいしかごまかし方を思いつかなかった。

 まさか「触らないで」なんて言えない。


 胸を揉まれると、恥ずかしさではなく冷えで鼓動が速くなった。

 カラカラに乾いたまんこに、無理やり指を押し込まれると痛みが走った。

 膣の中まで指が侵入してくると、体温が一気に奪われた。

 男の指はどんどん暖かくなり、一方で瀬奈の体温はみるみる下がっていった。 

 まるで使い捨てのホッカイロになった気分だ。

 泣きそうになるのをぐっと堪えた。

 彼の気の済むまで体を弄られた後で、催促のコールがかかった。


「38番ミルクさん、サービス優先でお願いします」

 瀬奈は、時間内に終えられるかヒヤヒヤした。

 右手を最速で上下に動かし、頭をヘドバンのように振った。

「チンコさん、お願い!早くイッて」

 小刻みな運動を夢中で繰り返しながら、瀬奈は心の中で一物にお願いした。

 そんな事をするのは初めてだったが、神頼みするように必死だった。

 男の顔を一切見ず、ひたすら一物を相手に奮闘した。


 ちょろっと、苦い液が瀬奈の舌に流れた時、とんでもなくほっとして、少し泣きそうになった。

 首筋が痛い。疲労が溜まっているのを感じた。

 なんとか時間ギリギリで、処理を済ませられた。


 プレイが終わった後、ボーイに確認すると、客は手を洗わずシートに着く。

 おしぼりも、強めのアルコールで浸してあるので温められない。

 かといって拭かない訳にもいかないから、客の体温に対する解決策としては、やはり彼らが温まるまで耐えるしかなかった。

 どうやら、人によってはカイロで手を温めておいてくれる心優しい客もいるらしい。


 瀬奈は愕然とした。

 人の体に触れる前の最低限のエチケットを、彼らは考えないのか?


 待合室からは、女の子達のきゃっきゃと、かしましい声が聞こえてきた。

 どうしてあんなに元気なんだろう。

 不思議でたまらず、暗がりの中でプレイしていたのは別人のように思えた。


 今日受けたショックや辛さは、自分だけがズレているから感じるものなのか。

 ……私って甘いのかな?

 初日にして、瀬奈の心は折れてしまいそうだった。

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