第10話 体験入店

 研修、体験入店は引き続き、矢崎が対応した。

 矢崎は、プレイの流れから備品の事まで、とても優しく教えてくれた。

 説明の中で待機室も覗いた。


 そこで初めて、瀬奈はここで働く女の子達と顔を合わせた。


 ここに、カレンがいるかもしれない。


 そう思うと心臓がバクバクした。

 そこには制服がよく似合う若い娘が五、六人ほど座っていた。

 瀬奈は皆に微笑みつつも、目だけはカレンを探した。

 しかし、ネットの写真で見たような容姿の娘はいなかった。


 背中を丸めてスマホを触ったり、お菓子をつまんだり、居眠りしたり、職場とは思えないほど生ぬるい空気だった。

 そのだらしなさは瀬奈の「風俗嬢」のイメージそのものだった。


 私は、あなた達とは違う。

 ここでしか働けないんじゃなくて、亮太との結婚の為に戦いに来た。

 心のどこかで、彼女達を「風俗嬢」として見下した。


 矢崎からの一通りの説明が終わると、いざ体験入店ということで実技に移った。

 亮太以外の男の肌に触れるのは、何年ぶりだろうか。

 瀬奈はだんだん緊張してきた。


 りょーちゃん、ごめんね。

 

 始まる前に、心の中でそっと呟いた。


 矢崎なりの配慮なのか、あくまでも研修のテンションは保ったまま進められたので、瀬奈は想像以上にいやらしさを感じずに済んだ。


 矢崎はYシャツの上に羽織っていたカーディガンをさらりと脱いだ。


「これは研修だから省くけど、実際はお客さんとイチャイチャしながら脱がせあってね」    

   

 脱いでいる間、矢崎は出来るだけ表情を変えないようにしている感じがした。 

 素早く脱ぐ事に集中しているのか、瀬奈と目を合わせなくなった。

 ベルトを外し、黒のボクサーパンツを脱ぐと、まだ小さい彼の一物が露わになった。


 ブラックライトのおかげで、家で見る亮太のものより、目の前にある矢崎のそれは生々しさが薄く感じられた。

 全体を青っぽく照らす光が、瀬奈の中から現実感を奪っていた。


「おしぼりで拭くの忘れずにね」

 声をかけられて瀬奈は我に返った。

 実際に一物を手に取り拭き、口に咥えると、それは亮太のものとは丸ごと違う物体だと気付かされた。


 ペニスは少し右に反れた形だった。

 その歪さから、どことなく彼にも一筋縄じゃいかない人生があるのを感じた。


 それでいて、瀬奈に触れる彼の手は、暖かくてふんわりとした心地よさだった。

 まるで、赤ちゃんのほっぺが広がったような柔らかい手のひらだった。 

  

 矢崎は必要以上に触れてこなかった。

 もっと性的に扱われると思っていた瀬奈は、軽く拍子抜けしてしまった。

 フェラチオする以外に、性的な事は起らなかった。

 瀬奈の気持ちは想像以上に楽だった。


 研修が始まる前は、毎度に女の子に舐めてもらえて得だな、と嫌味っぽい気持ちもあった。

 だけどここまで割り切って、自らの体を張って教える事には、素直に感心した。


 矢崎の一物から溢れた汁は、亮太のものより、ドロドロして濃いめのだし汁のような味がした。

 亮太の方が、さらりとして苦味があった。

 瀬奈が口で受けると、矢崎はすぐにイソジンとリステリンでうがいをさせた。


 この体験入店でのプレイを見て、矢崎はひとまず安心してくれたようだった。


「ボーイさんも大変ですね」

 ぽつりと瀬奈は言った。

 瀬奈なりの、お疲れ様です、の代わりだった。

「え?」

 矢崎は驚いたような顔をした。

「だって女の子が入る度にですよね?さすが慣れてるし、すごいなって」

 この褒め言葉が適切なのかは分からなかった。

「いや、俺ぶっちゃけ、さっきめちゃくちゃ恥ずかしかったよ!」

 そう言って、矢崎は屈託なく笑い出した。


 瀬奈は、なぜかやっと彼の本当の裸を見たような気がした。

 そして一緒になって笑った。


「どうだった?しんどかったかな、やっていけそう?」

 研修の最後に矢崎が聞いた。

「大丈夫です!頑張ります!」

 考えるよりも先に、瀬奈は答えていた。

 体の芯が熱かった。 

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