第30話
俺は知らなかった。
海の向こうから、日常をメチャクチャにしようとする使者が訪れようとしていることに。
これから起こりうるであろう災厄といえば、曇り空が降らすかもしれない通り雨くらいのものだと思っていた。
そして呑気に、浜辺で工作にいそしんでいた。
「ご主人様、今度はなにをお作りになってるんですか?」
「ああ、新しい兵器だよ」
「へーき?」
それは板の上に、Yの字型に組まれた木材が立てられたものだった。
Yの字の先端にはそれぞれ、ゴムスライムの両端が結び付けられている。
その形状に、アンコはすぐに気付く。
「あっ、これってもしかして……おっきなパチンコですか?」
「その通り」
俺が新たに考えたのは、投石器のような巨大パチンコだった。
「ゴムスライムには、引く力が少しなのに反発はとても強いという特徴がある。
だから大型化してもゴムが引けると思ったんだ」
「なるほど! これで岩を打ち出せば、すごい威力になりそうですね!
でもこんなおおきなの、どうやって持ち運ぶんですか?」
「それについても考えてある」
俺が指をパチンと鳴らすと、巨大パチンコはゆっくりとではあるが、滑るように動きだす。
アンコのポニーテールが逆立った。
「ええっ!? 指パッチンだけで動くだなんて……!? いったいどんな仕掛けなんですか!?」
「下のほうを見てみろ」
俺が言うなりサッと身を伏せ、巨大パチンコの板の下を覗き込むアンコ。
「ああっ!? スライムが敷いてあります!?」
「そうだ。板の下にスライムを敷くことで、スライムの力で動かしてるんだ」
「こんなことを思いつくだなんて、ご主人様は大発明家です!
スライムを使った兵器だなんて、世界初に違いありません!」
「『スライム兵器』か……。
戦いとは無縁といわれているスライムを、ここまで戦いに使ってるヤツなんて、たしかに俺くらいのものだな」
そう口にすると、なんだか急にしみじみとした気持ちになった。
『発現の儀式』で、俺の力が『スライムフォール』ってわかってから、この域にたどり着くまで、ずいぶん時間がかかったな……。
思わず遠い目で海の向こうを見つめてしまう。
感慨に浸りそうになったが、それはすぐに霧散した。
なぜならば、明らかにこの島に近づいてきている船影が目に入ったからだ。
「あれ? 船が近づいてきてるぞ」
「あ、ほんとですね! それも、かなりの勢いです!」
「掲げている旗からすると『ヴァイオ小国』の船のようだな。
大砲を積んでるってことは、軍用船か……?」
俺のなかに、暗雲が広がる。
空を覆っている雲も、ゴロゴロと鳴り、雨を降らせはじめた。
「アンコ、とりあえず家の中に入るぞ」
「はい、ご主人様!」
俺とアンコは家の中に避難し、壁に四角く空けておいた窓がわりの空間から、外の様子を伺う。
船は家の目の前の沖で停泊した。
目を凝らしてよく見ると、甲板には見覚えのある人影が立っている。
視線がぶつかった瞬間、俺は叫んでいた。
「あっ、お前は……ジンラインっ……!?」
「ははははは! 卒業旅行ぶりだな、スライクよ!」
学校ではその能力により、モテグループだったジンライン。
ウェイ系のチャラ男だったヤツが、立派な軍服をまとっている。
「何しに来た!?」「そうですよ! 今更なんなんですか!?」
俺の心は落ち着いていたが、アンコはぷりぷり怒っていた。
「アンコはジンライン様のことが嫌いだったんです!
学校にいた頃は何かというと、ご主人様にカミナリを落としてたんですから!」
「アンコちゃん、つれないことを言うなよ。
俺はキミを助けにきてあげたんだよ?」
アンコは、俺のクラスメイトたちに妙に人気があった。
クラスメイトのほとんどはフォールズか優秀なスキル持ちなので、異性はよりどりみどりのはずなのに。
たぶん、アンコの小動物のような可愛さと人なつこくて素直な性格、しかしそれらをひっくり返すような無鉄砲っぷりが、普通の女の子と違って良かったんだろう。
しかしアンコは俺以外には興味がないようだった。
それは、昔も今も変わらない。
「助けにきたってどういう意味ですか!? アンコはご主人様だけのアンコです!
ご主人様のおそばこそが、アンコにとっての安住の地にしてホームポジション!
ご主人様をパンとするならば、アンコはバター! べったりの関係なのです!」
「ふん、こんな無人島に追いやられても変わらないなんて、アンコちゃんはやっぱりアンコちゃんだ。
でもこうしたら、気が変わるんじゃないかな?」
ジンラインは嫌らしい笑みを浮かべながら、人さし指を天に向かってピッと立てる。
そのポーズをよく知っていたアンコは、窓から身を乗り出す勢いで叫んだ。
「まさか、サンダーフォールっ!? やめてください!
こんなところにカミナリを降らせたら、ご主人様がせっかく作ったお家がメチャクチャになっちゃいます!」
「その顔、懐かしいねぇ……!
小等部のころ、アンコちゃんが拾ってきた仔犬の犬小屋を、スライクのヤツが作ったことがあったよねぇ。
あの犬小屋を、俺がメチャクチャにしてやった時みたいだ……!」
「えええっ!? ペロちゃんの犬小屋を破壊したのは、ジンライン様だったのですか!?
ペロちゃんはあのあと、行方不明になって……!」
アンコは震え声になっていた。
その反応が大好物とばかりに、ジンラインは舌なめずりする。
「俺は持ってうまれた稲妻で、他人のものをメチャクチャにして、全てを手に入れてきた……!
金も、女も、名誉も、この地位も……!
スライクをメチャクチャにしてやれば、大将軍の地位とアンコちゃんが手に入るのさ……!
将来の妃を痛めつけるのはちょっと気が引けるけどねぇ……!」
「やっ……やめて……! やめてくださいっ!
アンコはどうなってもいいですから、ご主人様だけはっ!」
「もう、遅いっ……!
さぁ、逃げろっ……! 逃げ惑って、己の無力を思い知るがいいっ……!」
途端、天が明滅する。
「サンダーフォーーーーーーーーーーーーーーーーールっ!!」
……ズドガァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
爆音とともに、俺たちの頭上に稲妻が炸裂。
アンコはビックリしたのと、俺を庇おうとする気持ちが同時に働いたのか、俺に向かって飛びついてきていた。
子エイリアンみたいに俺の顔にしがみつくアンコ。
逆肩車のような耐性で、キツネにつままれたようになっていた。
「あ……あれ? なんとも、ない……?」
そう。
俺の家はサンダーフォールをまともにくらっても、傷ひとつついていなかった。
ジンラインは我が目を疑うように擦ったあと、アゴが外れんばかりに叫んだ。
「なっ……!? 俺の正義の稲妻は、たしかにスライクのボロ屋を貫いたはずなのに……!?
なぜ、爆発しない!? なぜ、燃え上がっていない!? なぜ、逃げ惑っていないっ!?」
なにかの間違いであろうと、サンダーフォールを連続で発動するジンライン。
耳をつんざくような轟音と、ビカビカとした閃光で、目も耳もやかましかった。
「ば……バカなっ!? なぜ俺の正義の稲妻が効かない!? こんなバカなこと、あってたまるわけが……!?」
「え……ええっ!? どうして!? こんなに稲妻を受けているのに、どうしてご主人様とアンコは平気でいられるんですか!?
まるで、魔法かなにかで守られてるみたいです!」
取り乱すジンラインとアンコ、俺がいつもと変わらぬ様子でいたので、ふたりは同時に気付いた。
「スライク! いったい、なにをやった!?」「やっぱりこれも、ご主人様の偉業なのですね!?」
「アンコには特別に教えてやるよ、ちょっと耳を貸せ」
俺はアンコにこしょこしょと耳打ちする。
家の表面にはゴムスライムを塗ってあるから、カミナリは効かない、と……!
ジンラインもタネ明かしが気になったのか、とっさに聞き耳を立てていた。
しかし、この距離では聞こえるはずもない。
「なるほどぉー! さすがご主人様です!
これならカミナリなんて、ただのうるさいだけの光ですね!」
アンコはもはやジンラインには目もくれていない。
みそっかすにされたジンラインは、「ふざけるなぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」と激怒。
タネも知らずに、効かないカミナリをドッカンドッカン降らせていた。
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