第29話

 ヘルヒノキで作った家はあまりにも気持ちよくて、俺はつい昼寝をしてしまう。

 目覚めると、隣で寝ていたアンコはいなかった。


 家の外から「えいえい」と声が聞こえる。

 浜辺に出てみると、アンコが余った木材を地面に突き刺していた。


 近寄ってみると、好物の缶詰の開く音を耳にした猫のように、アンコが振り返る。


「あっ、お目覚めですか、ご主人様!」


「なにやってんだ?」


「スライムのお家を作ってあげてたんです!」


「スライムのお家?」


「はい、この子たちにもお家があったほうがいいかと思いまして!」


 アンコの足元には、俺が降らしたスライムたちがぷるぷると群がっている。

 もうすっかり仲良しで、アンコは踏まないように注意しながら木材を扱っていた。


 スライムはモンスターの一種ではあるが、生き物としてのカテゴリではない。

 どちらかというと、アンデッドモンスターに近いものとされている。


 アンデッド系のモンスターであるゾンビは、意識や感覚というものを持ち合わせておらず、本能のみで行動する。

 スライムはその本能すらも持っていないというのが、モンスター研究家にたちによる、満場一致の見解だ。


 しかしアンコに懐いているところをみると、案外そうではないように思えてしまう。

 そんなことはさておき、俺はアンコのやさしさに少しばかり感銘し、手伝うことにした。


「よし、せっかくだから本格的に作ってみるか。俺たちと同じ家をもう一軒作って、スライムたちの住まいにしよう」


「わあっ! 本当ですか!? ご主人様はやっぱり慈悲深いお方です! まさに聖人セイントです!」


 というわけで、2軒目の家づくりをスタート。

 木材が足りなかったので、まずはアンコを引きつれて森のなかに入り、ヘルヒノキの林で伐採する。


 効率をよくするため、現地で木材の加工を行った。

 こうすることにより、運べる木材の量がさらに増える。


 浜辺に戻り、家づくり開始。

 といってももうパーツとしては完成しているので、あとはパズルの要領で組み合わせるだけだ。


 その作業途中、俺の鼻頭になにかが当たる。


 ……ぽつり。


 それは雨粒で、空を見上げてみると曇っていた。


 この『生前地獄リビング・ヘル』に来てからはずっと晴れだったが、今日の午後は曇りのようだ。

 俺はふと、あることを思い立つ。


「アンコ、木材にこの液体を塗るんだ」


「なんですか、これは? どろどろしてますけど……」


「表面に塗るとツヤが出て耐水性が増す。ニスみたいなもんだな」


「そうなんですね、わかりました、ご主人様!」


 俺が提示した液体は、自分で作っておきながら、なかなかに奇妙な見た目だった。

 普通なら難色を示されてもおかしくないのだが、アンコは泥遊びでもするみたいに、嬉々として謎の液体を手に取っていた。


「アンコ、お前は本当に疑うことを知らないんだな。

 少しは疑問に思わないのか?」


「ご主人様を疑うなんて、アンコがそんなことをするわけないじゃないですか!?」


「もしそれが毒だったらどうするんだ?」


「たとえ毒だったとしても、ご主人様から頂いたものであればアンコにとっては薬です!」


 なぜかドヤ顔をしながら、謎の液体を木材に塗り込むアンコ。


「それだけ自信があれば、本当に毒も薬になりそうだな。

 まあいいや、俺は家のほうに液体を塗ってるから、木材のほうは任せたぞ」


「はい、ご主人様!」


 俺は木材でハシゴを作り、建てた家の屋根に登って謎の液体を塗布した。


 ちょっと余分な作業を挟んでしまったが、無事、スライムの家が完成。


「さぁさぁ、みなさんのお家ができましたよぉ~!」


 アンコに引きつれられたスライムたちが、新しい家の中に入っていく。

 なんだかカルガモ親子の引っ越しを見ているかのような、ほのぼのとした光景だった。


 アンコとスライムたちが新居ではしゃいでいる間、俺は余った木材で木箱を作る。

 採ってきた資材を入れる箱をいくつかと、あとは俺とアンコの私物を入れるための箱をそれぞれ作った。


 浜辺には家が2軒たち、まわりには積み上げられた木箱。

 それだけで、俺たちのいる場所が急に『集落』っぽくなった気がした。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その頃、ヴァイオ小国の国王は、四国すべてに向かってとある宣言を行なっていた。


『スライクのヤツが、「生前地獄リビング・ヘル」でとんでもないことをやりやがった!

 ヘルヒノキという、王族にしか許されぬ木材を勝手に用い、家を建てやがった!

 そのうえ集落にも似た施設を、勝手に作り上げやがったんだ!

 追放された身のヤツに、そんなことを許してたまるかよっ!

 だから俺様は、将軍のひとりである「サンダーフォールのジンライン」の派遣を決定した!

 スライクの集落をメチャクチャにするためにな!』


 この発表に、国民たちは驚愕に包まれる。


「サンダーフォールのジンライン……!?」


「ヴァイオ様のご学友にして、最強のフォールズじゃないか……!」


「雷を降らせる力があるんだろう!? そんなのがスライクに襲ったら、ひとたまりもないぞ!」


 さっそく『スライクの追放生活』においても、投票が開始された。


『さあっ、ここで「スライク投票」だ!

 ジンライン様は、スライクの集落をどれだけ破壊できるのか!?

 パーセンテージを投票して、ピタリ当てた者に賞金をプレゼントするぞぉーっ!』


 投票結果は、以下のとおり。


 破壊率100% 399万票

 破壊率90% 1万票


 国民のほぼすべてが、スライクの集落が完全壊滅させられると予想していた。


 破壊率90%に投票した1万人の者たちは、大穴狙い。

 彼らはこう予想していた。


「ジンライン様が襲来したら、スライクはきっと自分の私物が入った木箱だけは持って森の中に逃げるはず。

 そしてジンライン様は、船の上から雷を降らせ、上陸はしないなずだ。

 だからスライクが森の中に逃げ込んだ時点で、見逃す……。

 ということは、破壊率は90%だっ!」


 この読みはあながち間違いではなかった。

 ジンラインはヴァイオから、スライクは殺さないようにと厳命されていたのだ。


 なぜならば、スライクを殺してしまえば『スライクの追放生活』は終わりを迎える。

 本来は生き地獄を味わわせて、じわじわ殺すはずの中継を、落雷による即死で終わらせるわけにはいかなかったのだ。


 そしてついに、ジンラインが『生前地獄リビング・ヘル』に向けて出港した。

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