第28話

 ウォータースライムの新技『ジェットカッター』は想像以上の威力だった。

 アンコもすっかり心を入れ替え、ウォータースライムに媚びるほどに。


「へへへ、さすがはウォーターの旦那でゲス。

 ヒノキの野郎は今頃、あの世で旦那に逆らったことを後悔してるでゲス。

 しかし、ウォーターの旦那の居合いの切れ味は相変わらずでゲスなぁ。

 お疲れになったでゲスよね、マッサージさせていただくでゲス」


 ゲヒヒヒと笑いながら、ウォータースライムを揉むアンコ。


「アンコ、作業はまだ終わってないから、ちょっと離れててくれるか。

 これから運びやすいようにヒノキを切断するから」


 するとアンコは「ひぃー!」と離れていく。

 寸劇が終わったようなので、俺はウォータースライムにさらに『ジェットカッター』を発動させる。


 10メートルほどのヒノキを、2メートルの長さで5等分した。

 これだけコンパクトになれば、スライムでも運べるだろう。


 俺はもう1本ほどヒノキを倒し、あわせて10本もの丸太を手に入れる。

 これだけあれば、家づくりの材料としてはじゅうぶんだ。


 そしてこれだけの木材を運ぶとなるとひと苦労だが、俺にはスライムがいる。

 大きめのクリアスライムに丸太を『捕獲』させて運ばせてみたのだが、スライムは重さというものを感じないのか、スイスイと運んでくれた。


 浜辺に戻って昼飯を食べたあと、さっそく作業開始。

 丸太を含んでいるクリアスライムに、『分離』スキルを命じる。


「よし、丸太の皮を削って木材を作るんだ。長さ2メートルで10センチ四方の角材を、作れるだけ作ってくれ」


 これはかなり複雑な命令だったので、俺としてはダメ元だった。

 しかしクリアスライムは、


 ……ぎゅいいいんっ!


 とノコギリが高速回転するような音とともに、あっという間に指定どおりの角材を作り上げてしまった。

 削られたおがくずの間には、1ミリの狂いもない角材が何本も浮いている。


 俺は舌を巻く。アンコは小さな舌を実際に口の中で巻こうとして寄り目になっていた。


 それほどまでに、新鮮な驚きだった。

 まさかスライムは料理だけじゃなくて、木材加工までできるとは……!


 正直なところ、ここまで見事な加工は期待していなかった。

 せいぜい枝を落として皮を剥ぐ程度、丸いまんまの丸太を作るのが関の山かと思っていた。


 丸太ができただけでも御の字で、それを適当に組み合わせて、簡単な差し掛け小屋でも作ろうかと考えていたのだが……。

 これはもはや、プロの大工レベルといっていい。


 俺は欲が出てきて、さらなる難題をクリアスラムに命じてみる。


「木と木を組み合わせるために、木材を継ぎ目をつけるんだ。

 2メートルの木を1メートルに分けて、つなぎ目をホゾにしてくれ」


 すかさずアンコが「ホゾってなんですか?」と尋ねてくる。


「ホゾってのは、木の断面が凹凸になっていて、繋ぎ合わせることができる仕組みだ。

 これがあれば、釘がなくても家が建てられるんだ」


「えっ、釘なしで家って建てられるものなんですか!?

 釘なしじゃ、倒れちゃうんじゃ……!?」


「それが、木と木を組み合わせる技法を使えばそれが可能となるんだよ。

 といっても、熟練したプロの大工じゃなきゃ不可能な技術だがな」


「へぇぇ……! よくご存じですねぇ……!」


「子供の頃、学校の工作で、接着剤を使わない木組みの小箱を作ったことがあるんだよ。

 それはキットを組み立てるだけだったが、木組みだけで箱ができるのが面白くて、それで詳しくなった」


「う~ん、お家のことまで詳しいだなんて……やっぱりご主人様は天才です!」


 そうこうしているうちに、ホゾのついた木材ができあがった。

 スライムの中から取りだして、ためしにくっつけあわせてみると……。


 ……ピタリッ!


 と音が聞こえてきそうなくらい、ピッタリに組み合わさった。


「す、すげぇ……! こんな木組みまで作れるだなんて……!

 この技術を持っている職人って、世界に数人しかいないはずなのに、こんなにあっさり……。

 でもこれなら、本格的な家が建てられるぞ!」


 俺はすっかり童心に帰って、木組みできる木材をスライムに作らせた。

 できあがったものを、積木感覚で組み合わせるだけで……。


 拍子抜けするほどにあっさりと、ヘルヒノキの立派な小屋ができあがった。


「うわあーっ! すごいすごい、すごいですっ!

 こんな簡単に、おっきな犬小屋を作っちゃうだなんて……!

 ご主人様はやっぱり、創造神です!」


 新しい犬小屋をプレゼントされた犬のように、ポニーテールをパタパタさせながら家に飛び込んでいくアンコ。

 中はそれなりの広さがあって、俺とアンコが暮らすにはじゅうぶんなスペースがあった。


 さっそくゴロンと横になったアンコは、深呼吸して夢見心地になる。


「はぁ~っ、すっごくいい匂いがします……」


「そうだな。ヒノキは強い香りがするのが特徴だからな」


 そう言う俺もヒノキの香りにとろけそうになっていた。

 普通のヒノキよりも、ずっと香りがいい。


 俺もつい気持ちよくなって、アンコの隣で横になる。

 すると、隣からはもう寝息が聞こえてきていた。


「寝ちまったか……しかし本当にこの家は気持ちがいいな……。

 なんだか赤ん坊の頃に戻って、ゆりかごの中にいるみたいな気分……だ……」


 俺は寝落ちする直前、


『ああんっ! ずるいずるいずるいっ! いいなぁいいなぁいいなぁ!

 いいなぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!』


 と駄々っ子のようなミリオンの声を聴いたような気がした。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「へ……ヘルヒノキの家、だとぉ!?

 ヘルヒノキといえば、幻の木材……!

 この俺様どころか、本土にある大国の国王ですら、ヘルヒノキの木箱を持っているのが精一杯なのに……!

 それを……家一軒だとぉっ!?

 ゆ……許せん! 兄貴はストライク一族の落ちこぼれなんだ!

 昔は、犬小屋みてぇな小屋に押し込まれてたってのに!

 それよりもっと酷ぇ暮らしをさせるために、あの島に追放したってのによぉ!

 くそっくそっくそっ! くそぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっ!

 こうなったら、この俺様がっ……!!」


「お待ちください、ヴァイオ様。

 ヴァイオ様が自ら手を下すまでもありません。

 こんな時こそ、この俺にお任せを」


「なんだ、ジンライン!? お前になにか手があるのか!?」


「もちろん。俺の能力ちからをお忘れですかな?」


「はっ、そうか……! お前なら……!

 よぉし、ジンライン! 船と部下を貸してやるから、今すぐに兄貴のところに行くんだ!

 二度と昼寝なんかできねぇように、メチャクチャにしてやれっ!」


「承知しました。必ずやスライクの無様な姿をご覧にいれましょう。

 『スライクの追放生活』はこれから、本当の地獄に入ります。

 その、暁には……」


「わかってる! 俺がストライク家の長になったときに、取り立ててくれってんだろ!

 お前が兄貴のところから戻ってきたら、俺の右腕にしてやる!」


「ははっ、ありがたき幸せ……!」

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