第26話
次の日の朝、俺はすっかりおなじみとなったスライム敷き布団の上で目覚める。
そして、ブルッと身震いした。
潮風が、少し肌寒く感じる。
この島も少しずつ寒くなってきているようだ。
そろそろ、野宿ともオサラバしないと……。
なんて思いなが隣を見ると、寝そべったまま手足をシャカシャカ動かすアンコがいた。
「ご主人様ひとすじのアンコが今やってまいりました! さぁ、性悪魔女ミラよ! ご主人様を離すのです!」
ずいぶんハッキリした寝言だなと思っていると、アンコは急にパチッと目を開けた。
シュバッと起き上がってちょこんと正座すると、深々と頭を下げる。
「おはようございます、ご主人様!」
「お前はずいぶん寝起きがいいな」
「はい! メイドは起きてすぐ即戦力とならなくてはいけませんので、朝には強いのです!」
「全力で夢見てたみたいだけど」
「はい! なにごとも全力がアンコの信条です! ご主人様と大冒険に出かける妄想をしながら床に就くと、よく眠れます!」
「今の現実もわりと冒険のような気もするけどな」
「そうなんですけど、アンコが活躍できない現実は、ちょっと……」
どうやらアンコは自分が役立たずだと思い込んでいて、まだ引っ張っているようだった。
家事もほとんどスライムで事足りてしまうし、島の探索もスライム頼り。
戦闘では投石で援護してくれているが、アンコは石を投げるのが下手で、ぜんぜん当たらないんだ。
石でのジャグリングは得意なのか、大道芸人かと思うほど見事なのに……。
ジャグリングは無人島生活では役に立たないからなぁ。
なにか、アンコが活躍できるようなことがあればいいんだけど……。
そう思ってはみたものの、いい案はすぐには思いつかなかった。
俺たちは朝食をすませたあと、もはや日課となりつつある森の探索を開始する。
今日は、昨日行った湿地方面とは逆の方角に行ってみた。
そこは熱帯雨林の地帯で、湿度が高く蒸し暑い。
『
うっそうと茂る森のなかは植物の宝庫で、俺はそれらをひとつひとつ『鑑定』しながら進んだ。
そこで、ある木を見つけた。
『ヘルラバーツリー』
別名、『地獄のゴムの木』。樹液はゴム質の原料となる。
ゴムの木か。
なにかの役に立つだろうと思い、俺はその木にクリアスライムをまとわりつかせ、『分離』スキルで樹液を採取する。
するとスライムは、水に粉末ミルクを溶かし込んだような、人工的な白さに変色した。
アンコは戸棚からオヤツを見つけた子供のように顔を明るくする。
「わぁ、真っ白です! なんですかこれは!? 美味しいものの予感がします!」
「残念だがこれは食べものじゃない。ラテックスといって、ゴムの原料だよ」
「ゴム!? ゴムってもしかして、伸びたり縮んだりする、あのゴム……?」
「そう、そのゴムだ」
「へぇぇ! なんだか急に文明の香りがしてきました!
でもゴムって、木から作られるものだったんですね!」
「確かに、ゴムの人工的なイメージからすると、植物が原料とは思わないよな。
俺も学校で習うまでは知らなかった」
新素材であるラテックスを手に入れたが、すぐにこれといった使い道は思いつかなかった。
ためしに、採ったばかりのラテックスを、『吸収』スキルを使って吸収させてみると……。
スライムの頭上に、名前を示すウインドウが現れた。
『ゴムスライム』
色も白から黄土色に変わっていて、いかにもゴムの塊っぽい見た目。
スライムはいつもプルプル震えているけど、その弾力も心なしか硬くなったような気がする。
ためしにゴムスライムの端をつまんで引っ張ってみると、まさにゴムみたいにうにょーんと伸びた。
「わぁ!? スライムがゴムになっちゃいました! 面白いです! アンコにもやらせてください!」
アンコはゴムスライムを両手でわし掴みにすると、力いっぱいぐーんと引っ張った。
ゴムスライムはふんばって耐えていたが、やがて力負けして地面から離れる。
するとゴムが元に戻ろうとする力が働き、ゴムの片側を引っ張っていたアンコを襲う。
ばちんっ! 「はぶうっ!?」
アンコはゴムパッチンを顔面にモロに受けてしまい、もんどりうって倒れてしまった。
「い、いったぁ~! このスライム、アンコに牙を剥いてきましたよ!?
さてはメイドの座を狙って……!? うきゃーっ!」
奇声とともに、ゴムスライムとくんずほぐれつをはじめるアンコ。
そういえば屋敷でも、輪ゴムと格闘する彼女を何度か見たことがある。
それを見ていた俺は、あることを思いついた。
今度は手のひらサイズの小さなクリアスライムを、ゴムの木に降らせてラテックスを『分離』する。
そのスライムを地面で転がし、紐状に伸ばして成型したあと、『吸収』スキルを発動した。
すると、ゴム紐のような形状のゴムスライムができあがるので、あとはこれを、Yの字型の木の枝に結び付ければ……。
「パチンコの完成だ!」
アンコが争いの手を止め「パチンコ?」とオウム返しする。
彼女はゴムスライムとの闘争の最中、何度もゴムパッチンを喰らったのだろう、真っ赤な顔で半泣きになっていた。
「これを使えば、素手の投石よりも正確で強力な攻撃ができるようになるはずだ、さぁ、使ってみろ」
「はぁ……でもパチンコって、なんだかガキ大将みたいですね……。
深窓のメイドと呼ばれたこのアンコには、合わないような……」
パチンコは男の子の武器というイメージがあるのか、アンコはあまり気乗りしないようであった。
しかしパチンコの使い方を教えて、簡単な的を狙わせてみたところ、百発百中。
「す……すごいすごい、すごいです! パチンコって、こんなに正確に狙えるんですね!
しかも、手で投げるよりずっと威力があります!」
「そうだろう、俺もひとつ作ったから、これでお揃いだ」
俺は戦闘となればスライムに指示を出して戦わせるのだが、このパチンコがあれば合間に援護ができるようになるだろう。
そしてアンコは『俺とお揃い』という点が、いたく気に入ったようだった。
「ご主人様と、お揃い……!
ペアルックならぬペアウェポンなんて素敵すぎます! ときめきが溢れています!」
「ギャーッ!」
「おっ、ヘルゴブリンだ! パチンコの実戦デビューにおあつらえ向きのヤツがやって来たぞ!
さっそくやるぞ、アンコ!」
「はいっ! ご主人様っ!」
ビシュンッ! ビシュンッ!
息ぴったりで放たれたパチンコ攻撃は、ヘルゴブリンの急所2箇所に同時に直撃。
「ギャアアアアアーーーーッ!?」
泡を吹きながらブッ倒れ、それっきり動かなくなってしまうヘルゴブリン。
ゴムスライムは弾力性があってよくしなり、引っ張りやすいのに戻る力は強いという、パチンコにとっては理想的なゴムだった。
その一撃必殺ともいえる威力に、俺とアンコはハイタッチをして喜びを分かち合った。
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