第25話

 スライクの作った豆乳風呂がトドメとなって、四つの小国には大豆センセーションが巻き起こっていた。


 店頭にあった大豆は一瞬にして売り切れとなり、大豆農園には暴徒と化した人々が押し寄せる。

 大豆の健康パワーを解説した本はベストセラーとなり、街角の吟遊詩人は大豆ソングなるものを披露し喝采を浴びていた。


 そしてこの頃から、アンコを広告のキャラクターとして無断使用する輩たちが現れはじめる。

 アンコはスライクの手によってさらわれ、無理やり追放生活に付き合わされているという悲劇のキャラ付けがなされていたので、観る者たちの同情を買っていた。


 『スライクの追放生活』の顔といえばアンコとなっていて、彼女を載せておけばどんな不人気商品でも売れてしまう。

 とうとう『アンコちゃん救出基金』などという募金詐欺まで出現する始末。


 さらにスライクの発言である、「豆乳風呂は兄弟から教わった」発言は大きな波紋を投げかけていた。


 ジーニーとミリオンは連日、スライクに豆乳風呂を教えたのは自分だと起源主張合戦をはじめる。

 国民たちも一緒になり、どちらの言っていること真実なのかと論争を繰り広げていた。


 官民一体となった、まさに『大豆狂想曲』ともいえるムーブメント。

 しかし渦中の当人は、これらの出来事を全く知らない。


 スライクは自分の無人島生活が、四つの国の将来を左右するほどの力を持ちはじめていることなど、夢にも思っていなかった。


 今回の大豆ブームにおいて、四国の王のなかで動きが活発だったのは、ジーニーとミリオン。

 このふたりはいちはやくから起源を主張し、また大豆を確保するために本土に働きかけていた。


 起源主張勝負については、知恵の長けたジーニーに分があった。

 大豆確保については、経済力で上回るミリオンがリードしていた。


 まさに、がっぷり四つの状態。

 そしてその様子を土俵外から見守っていたのは、兄弟の切り込み隊長ともいえるヴァイオ。


 彼は今回のようなビッグウェーブが起こった場合、サーフボードを抱えて真っ先に飛び込んでいくタイプのはずなのだが……。

 なぜか今回の波に関しては、静観を貫いていた。


 このことに、国民の誰もが「ヴァイオ様は失策続きだから、様子見されているのだろう」と噂する。

 しかし、そうではなかった。


 ヴァイオは、ジーニーとミリオンと異なる土俵に勝機を見いだしていたのだ。


 それは、ジーニーが得意とする論説でも、ミリオンが得意とする現物カネでもない。

 そう、武力……!


 ヴァイオは部下に命じ、本土から出た商船を襲撃させたのだ。

 部下たちは商船に向かって、こう叫んでいた。


「航路をヴァイオ小国へと変更せよ! 拒否するならば、ヴァイオ様への敵対行為とみなす!」


 ヴァイオが『メテオフォール』の使い手であるのは、世界の誰もが知る事実である。

 『メテオフォール』はひとつの街くらいならば、一瞬にしてただのすり鉢に変えるほどの威力があった。


 ヴァイオに逆らえば、滅亡させられる……。

 怖れた商船の者たちは全面降伏し、積荷の大豆をすべてヴァイオ小国へと運んだ。


 この暴挙により、ヴァイオは『大豆国王』となった。

 他の国々が大豆不足で争いがおきているなか、潤沢に大豆を供給できるようになる。


 よってヴァイオ小国、一気に返り咲き……!


 ヴァイオ小国 84 ⇒ 110万人

 ミリオン小国 89 ⇒ 85万人

 ジーニー小国 130 ⇒ 105万人

 ミラ小国 97万人 ⇒ 100万人


 今や黄金に等しい価値を持つ大豆の山に埋もれ、ヴァイオは笑っていた。


「がっはっはっはっはっ! 最初っからこうすりゃよかったんだ!

 俺様は、ジーニーやミリオンみてぇな小手先の事は性に合わねぇ!

 欲しいものは全部ぶん取ってやればいい!

 これこそが、俺様のやり方だっ! がーっはっはっはっはっはーっ!」


 これは完全なる武力行使であったが、ジーニーやミリオンは抗議することしかできなかった。

 なぜならばヴァイオがやったのは、本土からの商船の針路を変更させただけのことである。


 大豆は正規の値段で買い上げているし、商船を撃沈したわけでもない。

 商船はあくまで、商売の自由意志に基づいて『ヴァイオ小国』と取引したというテイであったのだ。


 これが今回の『大豆狂想曲』の顛末である。

 大豆ブームはこのあと、スライクの新しい行動によって、すぐに忘れ去られてしまった。


 しかしブームが終わってもなお豆乳風呂に入り続けている、ひとりの少女がいた。

 彼女は今夜も、広々とした浴槽に張られた乳白色の液体に、身体を沈めている。


 すぅ、と深呼吸すると、豆乳の独特の匂いが身体のなかに入り込んでくる。

 その香りはいつも、少女にある人物との思い出を想起させた。


『これがミラの見せたいものか? 風呂が白いだなんて、なにかハーブでも入れてるのか?』


『これは豆乳』


『へぇ、豆乳風呂ってわけか、なにかいいことがあるのか?』


『肌が綺麗になる』


『なるほど、こりゃいいや。この風呂にいつも入ってるから、ミラの肌はスベスベなんだな』


『これは、ミラの「とっておき」。この知識を、スライクにあげる』


『そうか、いいこと教えてくれてありがとうな』


『だから、お願いがある』


『って、おいおい、抱きつくなよ。いくら兄弟でも、俺たちはいま裸なんだぞ』


『いいから、黙ってお願いを聞いて』


『なんだ?』


『卒業旅行が終わったら、ミラの国に来て』


『なんだ、そんなことか。もちろんお前の国にも行くよ。

 お前は可愛い妹なんだからな』


 ミラはスライクから拒絶され、ミラはその時からスライクを拒絶した。


 スライクの追放をジーニーから提案された時は、反対の立場であったはずなのだが……。

 この時の思い出が邪魔をして、反対できなかった。


 ミラは豆乳風呂に顔を沈め、今日も思う。


 ――スライクの、馬鹿……。

 ミラのとっておきを、無人島あんなところでやるだなんて……。


 しかも、あんな腐れメイドの前で……。

 そのまま、死ねばいいのに……。

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