第24話

 夕暮れの浜辺で鍋をつつくというのは初めてのことだったが、なかなかオツなものだった。

 途中で魚を足したりして、俺たちは無人島での鍋を存分に堪能する。


 そのあとは、入浴の時間。

 すっかり浴槽がわりとなった岩棚に向かうと、シャバシャバのスライムを降らせる。


 そこではたと思いつき、豆乳のスライムを混ぜ合わせてみた。

 すると、乳白色の温泉ができあがる。


「うわぁ……! なんですかこれは!?」


「豆乳温泉だよ」


「豆乳温泉!? ということは、おっきな豆乳鍋ですね!」


「そうだな。豆乳温泉には美肌効果あるらしいぞ」


「それも社会見学の知識ですか?」


「いや、これは兄弟から教わったことだ」


 俺は何気なくそう答えたが、瞬間、世界の気温が少し上昇したような感覚をおぼえる。

 気のせいだと思い、できたての豆乳風呂に浸かった。


 アンコはメイド服の下に貝殻の水着を着ていたのか、メイド服を脱ぎ捨てすぐさま俺のあとに続く。

 豆乳風呂は滑らかな湯あたりで、普通の温泉よりも気持ち良かった。


「はぁ……お食事だけでなく、お風呂も最高だなんて……。アンコ……本当に幸せです……。

 お屋敷で働いてた頃は、他の使用人の方たちが入った最後のお風呂でしたから……」


「お前も大変だったんだな」


「いえ……むしろご主人様の後でしたから、ご褒美でした……。

 直後でないのが、唯一の心残りで……。

 あ、そうだ……この残り湯、飲んでもいいですか……?

 ご主人様の残り湯には、きっと不老長寿の効果がありますから……」


 お湯の気持ち良さに呆けながら、とんでもないことを言い出すアンコ。

 ふと、飛び上がるようにお湯から立ち上がると、天に向かって祈りはじめた。


「ウンニャラグニャラカフンバッパ! ウンニャラグニャラカフンバッパ! ウンニャラグニャラカフンバッパ!」


 まるでキツネが取り憑いたかのような突然の行動に、俺はギョッとなった。

 アンコは奇行が多いが、今回のは飛び抜けている。


 ドン引きの俺を見て、アンコはいつものように笑った。


「あ、空に流れ星を見つけたんですよ。それでお願い事をしたんです」


「お願いごとって……まるで呪詛みたいだったぞ?」


「はい、『ご主人様に一生お仕えできますように』って意味です。

 そのままだと流れ星が落ちるまで間に合わないので、早口で唱えられるようにしたものです」


 「ふ、ふーん」としか反応しようがなかった。


「ところでご主人様は、流れ星へのお願いごとなどありますか?」


「うーん、これといってないが……。あるとすれば、弟たちが元気でやってくれることだな」


「ご主人様って、本当に弟君のことばっかりですね」


「まぁ、家族だからな。それに弟たちは立派で強そうに見るが、案外弱いところもあるんだ。

 国王になったあとも、そばにいて支えてやりたかったんだがなぁ」


「もう! ご主人様は今日、領主になられたんですよ!?

 ということは、弟君に一歩近づかれたということではないですか!」


 それは思いも寄らぬ一言だった。


「この島がぜんぶご主人様の領地になれば、国王になったも同然です!

 アンコはずっと、国王にふさわしいのはご主人様だけだと思っていました!」


 まっすぐな瞳で俺に訴えかけるアンコ。

 彼女はいつも本気で、全力だ。


「目指しましょう、ご主人様! この島で、国王を!

 アンコは全力でお力添えさせていただきます!」


「……そうだなぁ、考えてみるよ」


 アンコはもう国王が誕生したかのように、「やったー!」と諸手を挙げて喜んでいた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺とアンコは風呂から出て、異変に気付く。

 ふたりとも、肌が生まれ変わったみたいにツルンツルンになっていた。


「うわぁ……! お肌がツルツルでテカテカで、すべすべで……まるで赤ちゃんみたいです……!」


 アンコの肌は、光沢が生まれるほどにピカピカになっている。

 豆乳で洗った髪なんて、天使の輪ができあがるくらいにツヤツヤサラサラだ。


 全身が、擬音まみれになるほどの変わりよう。

 それで俺は確信する。


 この『生前地獄リビング・ヘル』にあるものは、すべて一般のものに比べて数倍の効果があると。


 果物の甘み、魚のうまみ、キノコの味わい……。

 香りやジューシーさに至るまで、すべてが数段上だった。


 ということは、豆乳風呂の美肌効果も規格外なのだろう。

 俺とアンコは無人島でサバイバルをしている。


 普通は肌も髪も、ボロボロでボサボサになっていなければおかしいのに……。

 まるで高級エステの後みたいな身体になってしまった。


 女性が見たら誰もが羨む肌のアンコが、不意にいきり立つ。


「よぉし、それならお洗濯をしちゃいましょう!」


「洗濯?」


「はい! お肌がこんなに綺麗になったのであれば、お洋服もそれに併せて綺麗にしましょう!

 そうすれば、ピッカピカの一年生になれます!」


「それもそうだな」


「お洗濯ならお任せください! アンコの得意分野で……!」


 水着姿のアンコは、ありもしない袖をまくりあげてやる気を見せる。

 俺は悪いことをしたかな、と思う。


 アンコの提案を受けた俺は、すぐさまスキルウインドウを開いて『浄化』スキルをゲット。

 俺の作業服とアンコのメイド服をスライムに『吸収』させ、『浄化』していたんだ。


 スライムの中でぐるぐるとダンスを踊る服は、みるみるうちに新品のように『浄化』されていく。


 気付くとアンコは、浜辺の隅でしゃがみこんで『の』の字を書いていた。


「……もう、ご主人様おひとりでいいんじゃないですか……。

 アンコなんていなくても、ご主人様がぜんぶおひとりで、何もかもおできになるのですから……」


 俺は『浄化』で綺麗にしたメイド服を、『加熱』で乾かす。

 それを持ってアンコのそばまで行き、肩にかけてやった。


 ……ふわっ。


 アンコの身体が、洗い立ての香りに包まれる。


「俺がここまでできるようになったのも、アンコのおかげだ」


「ううっ……ご主人様は、アンコをなぐさめようとしてくれているんですね……。

 スライムよりも役に立たない、このアンコのことを……」


「慰めなんかじゃない、本当だ。この島にきて、何度お前の笑顔に救われたことか。

 それに、スライムはあくまで道具にすぎない。その道具を使いこなすだけの力をくれたのは、すべてお前のおかげだ」


「ご主人様……こんなアンコのことを、必要としてくださっているのですか?」


「もちろんだ。なんたってお前は、俺の専属メイドなんだからな」


「ううっ……! ご主人様ぁぁぁぁ……!」


 瞳をウルウルさせて、俺に抱きついてくるアンコ。


「実をいうと、ずっと不安だったんです!

 アンコがご主人様の専属メイドを自称しても、ご主人様はぜんぜん認めてくださらないから……!」


「それは屋敷のメイドはぜんぶ、ストライク一族のものだからな。

 誰の専属になるかは、ユニバーが決めることだったから。

 でももう、なにも気にすることはない。お前はもう、俺の専属だ。これからずっとな」


「うううっ……! アンコの長年の夢が、ようやく……!

 これも、作戦通り……じゃなかった、ずっとお星様にしていたお願いが、ついに叶ったんですね!」

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