第23話

「おいっ、大豆を発注だ! 国内にある大豆をありったけ集めろ!」


「なに!? もうどこも品切れ!? なら本土だ! 本土から船便で輸入するんだ!


「相場より高くついてもかまわん! ここから一大大豆ブームが巻き起こるのは目に見えてるんだからな!」


「豆乳を大量生産するぞ! 人手をかきあつめろ!」


「アンコちゃんのポスターを作れ! 名づけて『アンコちゃんもビックリ豆乳』! これは売れるぞ!」


「よし、スライクに豆乳の作り方を教えたのは、我が国王だという映像を作るんだ!

 今度はジーニー様に負けないように、再現映像風にするんだ!」


「おそらく他の小国は、イラストを使った再現映像を作ってくるはず!

 ならばこっちはさらに豪華に、子役を使った演劇仕立てにするぞ!」


「よし、ジーニー様役とスライク役を探せ! ジーニー様はとびっきりのイケメン子役でな!

 スライクはいかにもバカそうなガキをつれてこい!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺のしたことが、海の向こうで多くの人間を動かしているとも知らず……。

 俺はなおも調理に没頭していた。


 豆乳ができたので、ここからさらにバリエーションが広がる。


 豆乳を『高熱』で加熱して、表面に浮かんだ皮膜のようなものを『分離』してやれば……。

 『湯葉』のできあがりだ。


「えええっ!? 湯葉って、高級食材じゃないですか!?

 そんなすごいものを、こんな無人島で作っちゃうだなんて!?」


「いや、まだまだこれからだ。ここからさらに食材を作るぞ」


「いくらなんでも、もうこれ以上ビックリすることなんてありませんよ!」


 フンスと鼻息を荒くして気を確かにするアンコ。


 俺はシースライムを呼び出し、『分離』スキルをかける。

 海水から『にがり』を取り出す。


 『にがり』は海水を煮詰めることでも抽出できるんだが、それだと少し手間がかかる。

 『分離』なら一発だ。


 にがり液を大豆に加え、あとは『高温』スキル発動。

 そこからさらに『低温』で冷やしてやれば……。


「うわあああっ!? 豆乳のあったスライムのなかに、白いぷるんぷるんのスライムができました!?」


「これはスライムじゃない、『豆腐』だ」


「えっ……ええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ショックのあまり、呆然自失となるアンコ。

 ずしゃっ、と両膝を砂浜に突きたてたあと、そのまま亀のように手足をちぢこませて丸まった。


「なにやってんだ?」


「……神様に、土下座しております」


 パッ! と顔をあげたアンコは、なぜか泣いていた。


「ご主人様はいったい、どれだけアンコをビックリさせれば気がすむんですかっ!?

 もはや福の神どころじゃなくて、創造神じゃないですか!?」


「とうとう創造神とまで言い出したか」


「だってそうじゃないですか!? 枝豆ひとつからどれだけ食材を作ってるんですか!?

 こんなの、創造神でもなきゃ無理です!」


「そんなことはない。俺がやってみせたことは、学校で知ったことなんだ」


「学校で、豆乳やお豆腐の作り方って教えてくれましたっけ?」


「ああ。小等部の社会見学で、豆腐づくりを見学したときに覚えたんだよ。

 クラスメイトはみんな、豆腐づくりなんて底辺の仕事だってバカにしてたけど……。

 俺はモノ作りを見るのが好きだったんで、ひとりで夢中になってた」


「へぇぇ……それで覚えていたというわけですか……。

 でもご主人様の神っぷりは、すこしも霞むことはありません!

 だってスライムで豆腐づくりという、世界初の偉業をやってのけたんですよ!?」


「もしやと思ってやってみたんだが、スライムがここまでいろいろできるとは思わなかったよ」



『あ~あ、食材だけであんなに喜んじゃって!

 あんなバラバラの食材でおいしい料理なんて作れるわけがないのに、バッカみた~い! キャハッ!』



 弟のミリオンの空耳に答えるように、俺はいよいよ調理の最終段階に入る。

 といっても、あとはとても簡単だ。


 スライムを洗面器のような大きな器に変形させ、豆乳で満たす。

 そこに塩を加えて味付けし、あとは、もやし、豆腐、湯葉を加えて、『高温』で加熱すれば……。


 ……ぐつぐつぐつ。


「豆腐鍋の、完成だっ!」



『ええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?

 おなべぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?

 そそっ、そんな……!

 そんな塩だけで味付けした鍋なんて、マズいに決まって……!』



「この海で獲れた塩はかなりいいダシになってるから、うまいはずだぞ」



『たとえおいしかったとしても、鍋だけだなんてビンボくさっ!

 僕はサラダがない食事なんて、絶対にイヤなんだから……!』



「それならもう一品、『ゆで枝豆とモヤシの塩もみサラダ』だ」



『さっ……サラダまでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!?!?』



「あの、ご主人様、さっきからどなたとお話してるんですか?」


「ああ、悪い、ちょっと空耳が聞こえてな。そんなことより食べるとするか!」


「はいっ! いただきます! ご主人様っ!」


 木で作ったレンゲを、煮立つ鍋に差し込んで、スープごと豆腐をすくいあげる。

 ふぅふぅと息を吹きかけ、少し冷ましてから、はふっとひと口。


 ……ほうっ……!


 と溜息がでるくらい、うまかった。


「はふっ、ほふっ、はふぅ、おっ、おいひい! おいひいれす、ご主人様っ!

 湯葉ってはじめて食べたんですけど、おいひすぎまふっ!」


 全身で美食の喜びを表すようにプルプルと打ち震えるアンコ。

 それは大袈裟な表現ではなく、そうなってしまうのも無理はないほどのうまさだった。


「この湯葉は、一流の料理屋で出てくるよりずっといいやつだ。

 というか豆腐もなにもかも、高級食材のレベルを遥かに超越している」


「えっ!? それじゃあアンコは、お屋敷の方々よりずっといいものを食べているということですか!?」


「そういうことになるな」


「あの、ご主人様……アンコ、ひとつ気付いたことがあるんですけど……。

 申し上げてもよろしいでしょうか?」


「なんだ、あらたまって」


「ご主人様とアンコはいま、無人島にいるんですよね?」


「そうだけど、なにを今更」


「無人島にいるはずなのに、お屋敷で働いてときよりも、ずっとずっといいものを食べています。

 これって、なんだかおかしくありませんか?」


「言われてみればそうだな。この島に来てからごちそうの連続だ」


「無人島でごちそうなんて、地獄でバカンスを楽しむのと同じくらいありえないことです!

 ということはやっぱり、ご主人様は神様ということじゃないですか!

 いい加減認めたらいかがですか!?」


「お前はどうしても、俺を神様に仕立てあげたいみたいだな。

 そんなことよりもっと食べろ。豆腐は身体にいいんだぞ」


「アンコの身体の事まで気づかってくださるなんて、ご主人様はやっぱり神様ですっ!

 生き仏です! 喉仏です! ホットケーキですぅ~~~っ!」


 アンコは夕食のあいだずっと、ポニーテールをちぎれんばかりにパタパタ振り続けていた。

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