第22話

 俺はひょんなことから、絶望の島といわれる『生前地獄リビング・ヘル』で領有権を主張してしまった。

 これは言うなれば、この島にいるモンスターへの宣戦布告を意味する。


 旗を守っていたのであろう巨大ナメクジを倒して、旗を書き換えてしまったんだからな。

 俺は旗を再び抜いて中立地帯に戻すことも考えたが、やめておく。


 旗を立てようが立てまいがモンスターとは敵対関係にあるし、それにここには『ヘルツルマメ』という枝豆に似た植物がたくさん生えている。

 領地内にある植物などは、その領主や領民に所有権があるんだ。


 それに旗を立てておくとパワーアップ効果も得られる。

 旗の影響範囲内での戦闘や採取が、よりやりやすくなることだろう。


 これらのメリットを考慮して、俺はとりあえず旗はそのままにしておく。

 泥だらけになってしまったので、いったん拠点である浜辺に戻ることにした。


 戻ってスライム風呂で身体を綺麗にしたあと、もう陽も傾いていたので夕食の準備をする。

 今日のメニューは、どっさり手に入れた『ヘルツルマメ』……いわば枝豆だ。


 まずは、調理用に降らせた新しいクリアスライムに、サヤのままの大豆を入れる。

 そのクリアスライムに『分離』スキルを発動、サヤから中身を取り出した。


 『放出』スキルでサヤだけをペッと吐き出させる。

 サヤは燃料になりそうなので、そのまま浜辺で乾かす。


 枝豆の入ったクリアスライムを、『高温』スキルで加熱してやれば……。


 ……ほっこり。


 と湯気のたつ、『ゆで枝豆』のできあがりっ……!


 『放出』で吐き出させて、アンコといっしょにハフハフとつまみ食い。

 思わず顔を見合わせてしまうほどの、うまい枝豆だった。


「おっ……! おいしーっ! ビールが欲しくなりますね!」


「お前、ビール飲んだことあるのか?」


「ちょびっと舐めたことだけはあります。苦かったのでそれっきりですが。

 ようは嫌いなビールもゴクゴクいけるくらい、おいしい枝豆ってことですよ!」


「独特な感想だな」


「それよりもすごいじゃないですか、ご主人様!

 スライムで調理することを思いつくだなんて! どんだけ天才なんですか!?」


 俺はこの島に来てから初めて、スライムの有用さに気付いた。

 これまで直面した問題はほぼ全てスライムで解決できていたので、自然とスライムを応用する思考が身に付いたようだ。


 そして俺は直感していた。

 スライムを駆使すれば、調理も可能なのではないかと。


 俺はスキルウインドウを開き、スキルとにらめっこする。


-------------------


スライク レベル32(スキルポイント残6)


基本 (スライムを振らせるための基本事項)

 10 数量 (スライムを一度に降らせる数量)

 01 高度 (スライムを降らす高さ)

 01 範囲 (スライムを降らす範囲)


調整 (降らせるスライムを変更できる)

 01 色彩 (降らせるスライムの色)

 01 体積 (降らせるスライムの大きさ)

 01 重量 (降らせるスライムの重さ)

 01 硬度 (降らせるスライムの硬さ)


能力 (スライムの追加能力)

 01 コントロール (スライムを制御する)

 01 体当たり (スライムが体当たりできる)

 01 高温 (スライムの温度を上げる)

 01 低温 (スライムの温度を下げる)

 01 捕獲 (物体を体内に取り込む)


捕獲 (捕獲後にできること)

 01 分離 (捕獲した物体を複数に分離する)

 00 融合 (捕獲した複数の物体を融合する)

 01 吸収 (捕獲した物体を消化吸収する)

 02 放出 (捕獲した物体を体外に放出)

 00 浄化 (捕獲した物体を綺麗にする)

 01 鑑定 (捕獲した物体を鑑定する)

 NEW! 停滞 (捕獲した物体の時間を止める)

 NEW! 過去 (捕獲した物体の時間を戻す)

 NEW! 未来 (捕獲した物体の時間を送る)


履歴 (今まで降らせたスライムの種類)

 クリアスライム、カラースライム、ホットスライム、コールドスライム

 シースライム、ウォータースライム、ソルトスライム、ファイアスライム

 ハーブスライム


-------------------


 おや? 『捕獲』という新しいスキルツリーができている。

 捕獲後に使えるスキルが別のツリー扱いになったようだ。


 そして捕獲ツリーには、なんか凄そうなスキルが3つ増えている。

 せっかくスキルポイントが6ポイントもあるので、ここは景気よく使ってみよう。


 俺は直感に任せ、『分離』に1ポイント追加。

 新しいスキルとして『融合』と『停滞』と『未来』をゲット。


 俺のカンが正しければ、これらでさらなる調理が可能となるはずだ。


 さっそく、枝豆を作ったのとは別のクリアスライムに、生の枝豆を与える。

 そこに『未来』のスキルを発動すれば……。


 ……にょきにょきにょきっ。


 と成長っ……!


 隣で覗き込んでいたアンコが、びくーんとなった。


「あっ!? これ、見たことあります! モヤシですね!?」


「そうだ。枝豆を成長させたらモヤシになるんだ」


「すごい! ひとつの植物から、ふたつの食材ができちゃいました!

 ご主人様は料理の天才です! 殺しの調理師免許を持っているに違いありません!」


「驚くのはまだ早いぞ」


 俺はさらに次の実験として、サヤのままの枝豆に『未来』スキルを発動。

 すると、サヤはみるみるうちに黄色く変色してく。


 カラカラになったサヤから豆を取りだし、アンコと半分こして味見。


 ……カリッ!


「ああっ!? これ、大豆ですね!」


「そうだ。おやつにピッタリだろう?」


「はい、鬼がいたらぶつけたくなりますね!

 もはやご主人様は天才を通り越して、アンコの福の神さまです!

 福はーうちっ!」


 ハムスターみたいにポリポリと大豆を頬張るアンコをよそに、俺は調理を続ける。


 乾燥大豆を『分離』スキルにかける。

 さっきのはサヤと大豆に分ける行為だったが、さらに強めに発動してみると、


 ……パキパキパキッ!


 クリアスライムの中で枝豆はすりこぎにかけられたみたいに、細かく粉砕された。

 予想どおり、『分離』スキルはカラと中身を分けるという用途だけじゃなく、バラバラにすることもできるようだ。


 これだけでも大発見だが、まだ終わりじゃない。

 ウォータースライムを呼び出し、大豆スライムに水を与える。


 粉々になった大豆と、水がいっしょになったところで、『融合』スキルを発動すれば……。


 ……ギュルルルルッ!


 スライムの中でちいさな竜巻がおこり、白い液体ができあがる。


「わぁ! なんですかこれは!?」


「ちょっと、飲んでみるか?」


「いいんですか!?」


 初めて見るであろう謎の液体にも、まったく躊躇しないアンコ。

 『放出』スキルを使い、上に向かって液体を飛び出させてやると、公園で水をのむ子供のようにゴクゴクやりはじめた。


 ぷはーっ! とひと息つく間もなく、


「えっ……えええええっ!? これ、豆乳っ!? なんで豆乳が、こんなところにっ!?

 なんでなんでなんでっ、なんでぇーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 とうとう叫びだしてしまうアンコ。

 俺はなぜか、海の向こうからもかすかな雄叫びが上がっているのを聞いたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る