第21話

 俺は巨大ナメクジの体当たりをかわしたあと、とっさにソルトスライムを降らせ、一斉攻撃を命じた。


 ソルトスライムたちは放水のような勢いで塩を放つ。

 巨大ナメクジを、白い噴霧が覆いつくす。


 見ているだけでも、口の中が塩っぱくなるような光景。

 それは人間にとってはただの白い粉でしかないが、ナメクジにとっては業火も同然であった。


「キシャアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」


 粉塵にまみれた巨大ナメクジは、炎に焼かれるように身をよじる。

 これだけのデカブツでも、10匹ものスライムからの塩攻撃にはひとたまりもないようだ。


 アンコは俺の身体にひしっとしがみついたまま、その一部始終を目に焼きつけていた。


「す……すごい……。こんな巨大なモンスターを、あっさりやっつけちゃうだなんて……。

 ご主人様って、世界最強だったのですね!」


「俺がやっつけたわけじゃない。やったのはソルトスライム」


「でもその采配をなさったのはご主人様ですよね!?

 ということはご主人様はやっぱり、世界最強の天才です!」


 アンコはやたらと俺を持ち上げたがる。

 それも、おべんちゃらなんかじゃない。


 キラキラした瞳で、これ以上なくらいの羨望のまなざしを向けてくるものだから、なんだかくすぐったいんだ。

 俺は背中にむず痒いものを感じながら、ぬかるみから立ち上がる。


 岩山のようだった巨大ナメクジは、もうすっかりドロドロに溶けてしまっていた。

 いくらなんでもここから襲ってくることはもうないと思うが、念のため、用心しながら近づく。


 ふと湿地の真ん中あたりに、旗が刺してあることに気付いた。


「あれは……『テリトリーフラッグ』か?」


「ヤキトリフラッグ!?」


 興味を惹かれたウサギのように、ポニーテールのリボンをぴょこんと立てるアンコ。


「違う、テリトリーフラッグだ。領地の主張をするための旗のことだ」


「あ、理解しました! ワンちゃんのおしっこのようなものですね!」


「そうだな」


 縦長の旗は深紅に染められていて、中央にはツノの生えた悪魔の顔を模した絵柄が入っていた。

 その絵柄に、俺は見覚えがあった。


「これは、魔王軍のエンブレムじゃないか」


 『魔王』はかつてこの世界を征服しようとした、モンスターたちの親玉である。

 俺の親にあたる世代の『フォールズ』たちが倒し、世界には平和が戻った。


 しかしモンスターたちの残党はいまだに世界に残っていて、魔王の復活を目論んでいる。

 そのモンスターたちはナワバリを主張する際、魔王軍のテリトリーフラッグを使うという。


 おそらくこの『生前地獄リビング・ヘル』にいるモンスターたちは、魔王軍の一派なんだろうな。


 いずれにしても、この旗をこのままにはしておけない。

 なぜならば旗には、範囲内にいる味方をパワーアップさせる効果があるからだ。


 俺は旗に近づくと、竿を引っ張って抜いてみる。

 しかしびくともしなかった。


「ぬかるみに刺さってるだけなのに、なんでこんなに抜きにくいんだ……!?

 おい、手伝え、アンコ」


「はい、ご主人様!」


 俺とアンコは地面に埋まった巨大な株を引っこ抜くように、ふたりがかりで竿を持って引っ張った。


「ぐぐぐぐっ……!」「んぎゅぅぅぅ~!」


 しかし全然抜けず、スッポ抜けて尻もちをついてしまう。


「くそっ、ぜんぜん抜けねぇ!」


「まるでメイド相撲世界チャンピオンの豚野郎みたいにびくともしません!」


「ひどい四股名だな」


 そんなことはさておき、俺は地面にあぐらをかいて思案する。

 もはや身体じゅう泥まみれなので、床が泥であっても気にしない。


 ……地面に埋まったものを抜くために、なにかいい方法はないかな……?


 俺はふと、この島に来て最初の頃のことを思い出す。

 いくら骨を投げても落ちなかった果物が、スライムでなら簡単に取れたことを。


 俺は座ったまま、旗に向かって手をかざす。


「フォール、クリアスライム!」


 旗の真上に現れたスライムが落ち、そのまま旗を包み込むように垂れ落ちる。

 樹脂でコーティングするみたいに旗を覆ったあと、『捕獲』スキルを発動してみたら……。


 ……すぽっ!


 驚くほどあっさりと旗は地面から抜け、クリアスライムの中に抱かれた。

 「おおーっ!?」と目を見張るアンコ。


「豚野郎をこんなにあっさり持ち上げるなんて……!?

 ご主人様はメイド相撲の世界チャンピオンでもあったんですね!?」


 おそらくだが、スライムは力で旗を引っこ抜いたんじゃない。


 原理はわからないが、『柔よく剛を制する』みたいな……。

 剛ではない、別の力を使ったんだと思う。


 いずれにせよ、旗が引っこ抜けてよかった。

 抜けた旗にはもう魔王軍のエンブレムはなく、真っ白になっていた。


 敵に抜かれてしまったから、無地に戻ったんだろう。

 アンコはその白旗を手にすると、はしゃぎまくっていた。


「わーいわーい! 旗です旗です! ハタハタ! 振り回すとバタバタっ! て音がするのがいいんです!

 フレー! フレー! ご主人様っ! ファイト! ファイト! ご主人様っ!」


 風車で遊ぶ子供みたいにそこらじゅうを走り回ったり、かと思えば応援団みたいに旗を振り回すアンコ。

 アンコはみなし子だった頃は、拾った瓶のコルクで1日遊んでいたそうで、なんでもオモチャにできる才能がある。


「領地ごっこ! ここはもう、ご主人様の領地です! えーいっ!」


 ……ぶすっ!


 アンコは旗を振りかぶると、力いっぱいぬかるみに突きたてた。

 次の瞬間、


 ……ぶわあああああっ……!


 無地だった旗が、風もないのに激しく煽られる。

 天高く舞い上がった旗は、樹冠の向こうに広がる青空を吸い込んだかのように、スカイブルーに染まっていた。


「なっ……!?」「ええっ……!?」


 唖然とする、俺とアンコ。

 なぜならば、無地だったはずの旗に、どう見てもスライムにしか見えないエンブレムが付いていたからだ。


 続けざまに、俺の身体が光輝く。

 そばにいたアンコは、黄金の詰まった宝箱を開けたみたいな歓喜の表情を浮かべる。


「わあっ! ここは本当に、ご主人様の領地になったみたいです!

 領地を手に入れたからレベルアップしたんですよ!

 領主様の誕生です! 領主様っ! 領主さまーっ!」


 跪いて手のひらをパタパタさせて、全身で祝福してくれるアンコ。

 しかし俺自身には、そんな実感はぜんぜん沸いていなかった。

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