第20話

 俺たちの何気ない雑談が、四つもの国家を揺るがしていたとは知らなかった。

 休憩としてはじゅうぶんだったので、俺は森の探索を再開する。


 しかしその前に、アンコに噛んで含めるように言って聞かせた。


「いいか、アンコ。これからは俺がピンチだったとしても、助けたりするんじゃないぞ」


 するとアンコは、幼い子供のように目を見開いた。


「どうしてですか?」


「危ないからだよ。お前は女の子なんだ。顔に傷でも残ったらどうするつもりなんだ」


「ご主人様を守って付いた傷は、メイドにとっては名誉の負傷です!」


「そんな名誉は捨てちまえ。

 それに、俺は男なんだ。ケガをするとしたら、男である俺の役目なんだ」


「ご主人様こそ、そんなプライドは捨ててください!

 ご主人様のかわりにケガをするのは、メイドの役目です!」


 まったく、ああ言えばこう言うな……。

 アンコは普段は素直なんだが、俺のこととなると急にガンコになる。


 森を探索すると決めたときにも、本当は留守番させたかった。

 でも置いていったら確実についてくるだろうと思い、仕方なく同行させたんだ。


 しょうがなく、俺は折れた。


「わかったよ、それじゃ、俺を守ろうとするのはいいが、接近戦を挑むのはナシだ」


「えっ、それはどういう……?」


「接近戦をすると、必然的にケガをする確率が跳ね上がる。

 いくらハーブスライムがいるとはいえ、ケガをしないことに越したことはない」


「でもそれじゃあどうやって、ご主人様をお守りすればよいのですか?」


「これだ」


 俺はあるものをアンコに手渡す。


「石、ですか……?」


「そうだ。石なら森の中にもたくさん落ちてる。これを拾って投げるんだ」


 するとアンコは、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。


「なんだか……原始人みたいじゃないですか?」


「投石を馬鹿にするんじゃない。世界最古の遠距離攻撃だぞ」


「やっぱり、原始人じゃないですかぁ!」


「これが俺からの条件だ。もしこの決まりを守るのが嫌なら、探索には連れていけない。

 さぁ、どっちか好きなほうを選べ」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺とアンコは三度、森の中に足を踏み入れてる。

 投石攻撃をあれほど嫌がっていたアンコだったが、石をジャグリングしてすっかりノリノリ。


「ヒーッヒッヒッヒーッ! アタイの名はツブテ!

 アタイのローリングストーンの最初の餌食になるのは、どこのどいつだい!?」


 探索中、なぜかへんな悪役キャラをずっと演じていた。


 それはさておき俺は、森で見つけた物を、荷物運搬用のクリアスライムに放り込む。

 今までは浜辺に帰ってからまとめて鑑定していたが、効率を良くするために拾ったそばから鑑定した。


 こうすることにより、毒キノコなどの不要なアイテムを持たずにすみ、より多くの有用な物資を持ち帰ることができるんだ。


 そして俺たちは気付くと、湿地のような場所にたどり着く。

 森は陽があまり差さないので湿っているのだが、ここは特に湿度が高い。


 水たまりだらけでぬかるんでいて、足を取られて非常に歩きにくい。

 ここは後回しにして、もっと歩きやすい場所を探索しようかな……と思ったとき、あるものを発見する。


 それは『ヘルツルマメ』。

 鑑定の結果、枝豆に近しいマメ科の植物だった。


「枝豆か! 最高の食料じゃないか!

 おいツブテ、コイツを集めるぞ!」


「ヒーッヒッヒッヒーッ! がってん承知!」


 湿地には至る所に『ヘルツルマメ』が生えていて、採り放題。

 俺とアンコはお菓子の家に誘われる兄妹のように、夢中になって採りまくった。


 そして……湿地のかなり奥深くに来てしまう。

 その存在に最初に気付いたのは、俺だった。


 農作業の最中にひと息つくかのように、豆を取る手を休め、背中をトントン叩きながら伸びをする。

 天を仰いだところで、少し離れた上空に、ふたつの丸い目玉のようなものがあった。


 その巨大な目玉はニョキニョキと伸び、ウニウニと動いている。

 よく見たらそれは触覚で、触覚の下には岩のような大きな身体があった。


 静止しているので、ずっと岩山かなにかと思ってたが違う。

 アレは生き物だ。


 粘液にまみれたぶよぶよの身体。

 そう言うとスライムに似ているが、そうじゃない。


 もっと身の毛のよだつ生き物……。

 そう、巨大ナメクジだっ……!


 俺がビクリと身構えた瞬間、息を潜めていた巨大ナメクジは急に動き出す。

 それは岩が氷の上を滑っているかのような、信じられないスピードだった。


「……あぶないっ!」


 俺はとっさにアンコを抱きかかえ、横っ飛びしてかわす。

 風圧とともにそれていった巨大ナメクジは、木々をなぎ倒して止まった。


 俺とアンコはぬかるみに伏し、泥まみれになってしまう。


「ひゃああっ!? きゅ、急にどうされたんですか、ご主人様!? もしかして、冒険してもいい頃っ!?」


 アンコはこんな時に何を考えているのか、ポッと頬を染めていた。


「敵だ! 巨大なナメクジが襲ってきやがった!」


「ええっ、巨大ナメクジ!?」


 俺とアンコがお互いを支えあうようにして立ち上がると、巨大ナメクジはスピンするようにギュルンと方向転換し、俺たちのほうに向き直る。

 ノロマそうな見た目に反して、恐ろしいほどの俊敏さだ。


 俺は空耳で、ナレーションを聞いたような気がした。



『おおーっとぉ! このモンスターは、「ヘルスラッグ・ジャイアント」……!

 地獄の三途の川に棲むという、恐ろしいナメクジ型のモンスターだっ!

 しかしナメクジと侮るなかれ、水のある所では駿馬のような速さを発揮する!

 三途の川では、その巨体とスピードを活かし、多くの亡者を消し去っているらしいぞっ!

 しかも『ファイアボール』にも耐性がある!

 まさに、生前地獄リビング・ヘルに相応しいボスモンスターだぁーっ!

 スライクもガクブルしているぞ!

 いままでしぶとく生き残ってきた極悪人も、いよいよ年貢の納め時!

 今度こそ本当に、最後の「スライク投票」になるのは間違いない!

 スライクがどんな死に方をするか、ふるって投票だぁーーーーーーーーーーーーーええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーっ!?!?』



 ナレーションは最後のほうで、なぜか驚愕の叫びに変わっていた。


 俺がソルトスライムを降らせ、巨大ナメクジに塩を吐きかけさせて一瞬で倒していたこととは、たぶん関係ないだろう。

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