第19話
すっかり元気になったアンコに種明かしをしてやると、彼女は遠い目をして、いつなく感慨深い溜息をついていた。
「はぁ……ご主人様の『スライムフォール』は、本当に神スキルですねぇ……」
『神スキル』……強力過ぎるスキルに対しての、最高の讃辞だ。
俺の弟たちが持っているスキルはずっとそう呼ばれてきた。
俺のスキルは『外れスキル』とはさんざん言われたことがあるが、『神スキル』と言われたのはこれが初めてのことだ。
「そんなわけあるかよ」
すると、アンコはポニーテールをぶわっと広げ、猛然と反論してきた。
「そんなわけあります! だって、美味しいものをたくさん食べられて、あたたかお風呂にも入れて、モンスターもやっつけれて、そのうえケガも治せるなだんて……!
そんな万能スキル、この世界のどこを探したってありませんよ!
まさにパーフェクトソルジャーじゃないですか!
こんなすごい力を持っていたのに、なんで隠してたんですか!?」
「隠してたわけじゃない。今まで知らなかったんだ」
「くっ……! ご主人様が学校にいるときに、この力が発揮できていれば……!
うにゅぅぅぅ~! スライムめぇ~!」
アンコは我が事のように悔しがりながら、ハーブスライムをぐにぐにと揉み潰しはじめた。
「おいおい、そのスライムはお前の命のケガを治してくれたんだぞ」
「えっ、この緑のスライムがそうなんですか!? それはそれは、失礼しましたーっ!」
ひれ伏し、手にしていたスライムを珠玉のように掲げるアンコ。
「ところで、このスライムはどうやってお作りになったんですか? 愛の力?」
「いや、
「弟殺草……なんか、すごい名前の薬草ですね。
由来が気になります!」
俺は、授業で習った『弟殺草』の知識を話してやった。
遥か昔、秘境の山奥で薬師として暮らしていた兄弟がいた。
ふたりは採取した草花から薬をつくり、近隣の街に売ることで生計を立てていた。
ある日、見たこともない黄色い花から作った薬がとてもよく効き、ふたりのヒット商品となる。
それは国じゅうに流通するようになり、高値で取引されるようになった。
その評判が王様の耳に入り、作った者を召し抱えるという。
弟はその手柄を独り占めしたくて、兄を秘境の崖に突き落として追放した。
おかげで弟は国いちばんの薬師として名を馳せる。
しかし追放した兄は生きていて、ある日、弟の前に現れる。
兄は弟を惨殺し、黄色い花には弟の返り血が点々とついた。
その日から、その黄色い花には斑点が付くようになり、誰かが『弟殺草』と呼ぶようになったそうな。
俺が話を終えると、黙って聞いていたアンコは「ほほぉ~」と唸る。
「まるで、いまのスライク様みたいですね」
「……そうか?」
「そうですよ。弟君たちにこんな所に追放されて、殺されかけたんですから」
気付くとアンコは、いつになく真剣なまなざしで俺を見据えていた。
「……殺したいですか?」
「誰をだよ?」
「スライク様を追放した、弟君たちです」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アンコがそう問うた瞬間、四国すべての音が消え去った。
街を歩いていた国民たちは誰もが足を止め、中継の水晶板を見やる。
城のなかで、執務をしながら中継を見ていた大臣たちも、手を止めて。
そして……玉座を抱く四人の国王たちまでもが、設えられた水晶板を凝視していた。
水晶板は、スライクの顔がアップで映し出されている。
やがて、その唇が言葉を結んだ。
『そんなわけあるかよ』と。
『追放されたことについては怒ってはいるが、殺したいなんて思ったことは一度もないよ』
アンコは納得いかないとばかりに食ってかかる。
『なぜですか!? この島は、崖に落とされるよりも致死率が高いんですよ!?
「絶対殺す島」なんですよ!? それなのに怒るだけだなんて、信じられません!
どうして……!?』
すると、スライクはふっと笑う。
むしろ吹っ切れたかのように。
『どうしてって……四人とも、俺のかわいい弟だからに決まってるだろ』
『ムムム……! それじゃあ、ご主人様にお聞きします!
四人の弟君のなかで、どなたがいちばんかわいいと思ってますか!?』
『そんなこと聞いてどうするんだよ』
『いいからお答えください!』
アンコは据わった目で、スライムをぽむぽむ叩きながら訴える。
『うーん、そうだなぁ、少し、考えてもいいか?』
次の瞬間、四国の静寂はナレーションによって打ち破られた。
『こ……ここでチャンスターイムっ! 「スライク投票」の時間がやってまいりました!
スライクは四人の国王のうち、どなたを選ぶのかっ!?
今回は4分の1の確率なので、ついに初の正解者が出るかもしれませんっ!
またとない一攫千金のチャンスっ! さあ、今すぐ投票だぁーーーーーーーーーーっ!!』
人々はうねりとなって、投票所に殺到。
これだと思う人物の名を投票していった。
その結果は、以下のとおりである。
ヴァイオ 50万票
ミリオン 100万票
ジーニー 100万票
ミラ 150万票
そして、街の意見はというと……。
「えっ? 俺はミリオン様に投票したよ! あの人、なんか人なつこそうじゃん!
ヴァイオ様はゴツいから、いちばん無いかな!」
「やっぱりミラ様でしょ! 兄弟で唯一の女の子だよ? それに可愛いし!」
「えーっ、ミラ様がいちばんなくない? だって無愛想じゃん!
私はジーニー様かなぁ! 幼少時のヘルツリーのエピソードを見たでしょ!?
スライクはジーニー様を尊敬してるから、ぜったいジーニー様だって!」
「俺はヴァイオ様だ! だって、スライクのヤツは極悪人だからな!
心の弱いヤツは、心身ともに強いヤツに憧れる! だから今もヴァイオ様に憧れているに決まってる!」
彼らは匿名であることをいいことに、言いたい放題であった。
そしてついに、水晶板の向こうにいる少女が痺れを切らす。
『さぁさぁ、もうタイムアップですよ、ご主人様!
どなたが一番か、お答えください!』
すると、どの国もお祭り騒ぎ状態だったのが、ピタリと静かになった。
世界の注目はまたしても、ひとりの少年に注がれる。
この時ばかりは、興味ない風を装っていた国王たちも、水晶板にかじりついていた。
「なに、兄貴が選ぶのは俺様に決まってる! わかりきってることだから、観るまでもねぇ!
バカバカしいったらありゃしねぇよなぁ!」
「お兄ちゃんが選ぶのはこの僕以外にありえないでしょ!
少し考えればわかることなのに、みんな必死になっちゃって……! キャハッ!」
「私はどうでもいいことですが、兄者はまだ私に未練があるようですね。
追放されてもなお、追放した者のことを思うとは、哀れですねぇ」
「スライク……そのまま死ねば? でもまあ最後に、ミラを選ばせてあげる」
弟たちは水晶板に入り込みそうなほどに顔を近づけ、運命の瞬間を待つ。
『
そしてついに、スライクから、擦れた声が漏れた。
『俺は……』
しかしその唇の動きを読み取った瞬間、弟たちは反射的に、同タイミングで叫んでいた。
「いますぐ、中継を中断しろっ! さっさとやらねぇと、ブッ殺すぞっ!」
「ああんっ、中継を中断してぇ! でないと、ひどいよぉ!」
「中継をいますぐ遮断するのだ! これは最優先命令だ!」
「中継を中断して、早く」
……ぶちんっ!
『スライクの追放生活』は、中継開始から一度たりとも途切れることはなかった。
しかしこの日はじめて、中継が途絶えた。
復旧する頃にはスライクの答えは終わっていて、真相は闇の中。
当然のように国民の不満が噴出したが、各国は中継担当の技術者の不手際であったと発表。
その者を処分することで、一方的な幕引きを行なった。
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