第18話
俺はコックリと船を漕いだ拍子に、ハッと目覚める。
しまった、つい腹一杯になって眠っちまった。
空を見上げると、陽はまだ高いままだった。
俺の隣には、寄り添ったアンコの顔が。
まるで甘える猫みたいに、俺の肩にスリスリと頬ずりしている。
「ふにゃ……ご主人様……」
「起きたか?」
「あぁ……すみません……アンコ、眠っちゃってました……」
「気にするな。俺もちょうど起きたところだ」
俺もアンコも寝過ごしたというのに、慌てて立ち上がるようなことはしない。
なぜかそんな気分になれず、同じ体勢のままノンビリした。
俺たちの間を、緩やかで爽やかな潮風が吹き抜けていく。
アンコは寄せては返す海を、寝ぼけ眼で見つめていた。
「ずいぶん長いこと眠っていたと思ったのに……まだ、お昼なんですね……」
「ああ、そうみたいだな」
「この島って、なんだか時間がゆるやかな感じがします」
「ああ、この島は本当に、時間が遅く流れているみたいだ。
理由はわからんが、授業でそう習った」
「そうなんですか……どうりで、1日が長く感じると思いました……。
でもご主人様と一緒だと、それでも短く感じちゃいます……。
ああ……このまま時が止まってくれればいいのに……。
私のお口の中の葉っぱがすべて落ちたとき、私の生命も尽きるから……」
アンコが恋愛小説のヒロインみたいなことを言い出したので、俺は一気に目が覚めた。
「お口の中の葉っぱってなんだよ」
「口内炎です」
「口内炎が無くなると死ぬのかよ。ってそんなことよりも休憩は終わりだ。午後の探索をするぞ」
俺が立ち上がると、寄りかかっていたアンコは砂浜にコロリンと転がった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺たちは再び、森の中に入る。
布陣は前といっしょで、俺とアンコを中心に、5匹のファイアスライムと5匹のウォータースライム。
そして、荷物運び用の大型のクリアスライム。
朝方探索した部分から一歩先に進んだだけで、さっそくモンスターと遭遇。
「グルルルルルッ!」
大型犬が二足歩行しているような風貌のモンスター、『ヘルコボルト』だった。
ヘルゴブリンと同じく、ノーマルのコボルトに比べて2倍の能力があるらしい。
コボルトは人と犬を足したようなモンスターだけあって、動きが素早い。
ヘルコボルトはそのさらに上をいった。
「ファイアスライム、一斉射撃っ!」
放ったファイアボールもあっさりかわされ、疾風のような勢いで距離を詰めてくる。
気付いた頃にはヤツはスライムの壁を乗り越えるように跳躍していて、鋭い爪で俺に飛びかかってきていた。
……やばい……!
やられるっ……!
俺は一撃死も覚悟したが、次の瞬間、小さな影が割り込んでくる。
「どすこぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーいっ!」
アンコがヘルコボルトに体当たりし、ヤツの突進を食い止めた。
アンコはよろめくヘルコボルトにさらに挑みかかり、小さな身体でがっぷり四つに組もうとする。
しかし爪の反撃を受けて弾き飛ばされてしまった。
「きゃあっ!?」
「あ……アンコ!?」
俺はアンコを助けに行きたかったが、それよりも目の前の脅威を優先する。
「い……今だっ! やれっ、ファイアスライム!」
スキだらけになったヘルコボルトにありったけのファイアボールを撃ち込むと、火だるまになりながら吹っ飛んでいった。
ヘルコボルトが動かなくなったことを確認すると、急いでアンコを抱き起した。
「大丈夫か、アンコ!?」
「そんなことより、ご主人様のほうは、おケガは……?」
グッタリとそう言うアンコは、額に玉の汗が浮かんでいた。
祈るような気持ちで身体を調べてみると、二の腕がザックリと裂けていた。
俺の背筋に、自分の血を失ったかのような寒気が走る。
怖れていたことがついに起こってしまった。
無人島において、負傷はなによりもの大敵。
現代人が健康で長生きできるのは、すべては医療というものがあるからである。
医者も薬もない無人島においては、ひとつのケガが命取りになりかねない。
俺はアンコを抱きかかえると、半泣きで浜辺まで戻った。
そして、クリアスライムにストックしていた草花を片っ端から鑑定する。
『
秘境の地にのみ生えるという植物で、薬草の一種。
茎から採れる液は止血の効果があり、葉っぱは火傷などに効果がある。
花は切り傷、虫刺され、できものなどを治す効果がある。
よし、薬草があった……!
俺はその弟殺草を取りだし、茎を折った。
トロトロとあふれた液を、アンコの傷口に塗ろうとしたが、ふと思い立つ。
薬草ではきっと、治るのに数日かかるだろう。
それに最悪、身体に傷跡が残ってしまうかもしれない。
なにか、もっと早く確実に、完治させる方法はないものか……!?
俺はダメ元で、ひとつ思いついた方法を試してみる。
小さめのクリアスライムを1匹降らせ、弟殺草を『捕獲』させた。
そして『吸収』で、弟殺草を取り込ませたら……。
クリアスライムは緑色に変色し、その頭上にウインドウが現れた。
『ハーブスライム』……!
思ったとおりだ!
薬草を吸収させると、その能力を得たスライムができあがる……!
俺はその、野球ボール大のスライムを掴む。
そして抱き起したアンコの傷口に、そっとあてがった。
すると、シップのようにスライムをあてがわれた傷口が、シュワシュワと泡立ち……。
みるみるうちに、塞がっていくではないか……!
まるで治癒魔法を掛けているかのような即効性に、俺は思わず息を呑む。
「す……すげえっ!?」
気が付くと、アンコの二の腕は何事もなかったように元通りになっていた。
あれほど深い傷を負っていたとは思えないほどに、つるんつるんだ。
アンコ自身も気付いたのか、不思議そうに身体を起こす。
「あれ? もうどこも、痛くない……?
あれっ!? 傷が消えちゃってる!? なんで!? どうして!?
ええええええーーーーーーーーーーっ!?!?」
キツネに化かされた人みたいなリアクションのアンコ。
とうとうとんでもないことを言い出した。
「あっ、わかりました! きっと傷口がどっかに逃げちゃったんですね!?
なら今頃は、どこかに隠れてるはず……! 出ておいで! 痛くしないから!」
妙な呼びかけとともに、自分の身体をまさぐり始めるアンコ。
傷口探しに夢中になるあまり、でんぐり返しのような体勢になって、ゴロゴロ転がり回っている。
身体にひっついたガムテープと格闘する猫のような彼女を見て、俺はホッとひと息ついた。
「ふぅ、一時はどうなることかと思ったが……それだけ元気なら、もう大丈夫そうだな」
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