第17話
スライクとアンコはキノコで腹一杯になり、ぽかぽかした日差しと相まって、つい午睡を始めてしまう。
その様子を400万人もの人間に見られていることなど、つゆほども知らずに。
海を挟んだ四つの小国、その街頭に設置された水晶板には、日向ぼっこをする猫みたいな気持ちよさそうな寝顔がドアップで映し出されていた。
そしてその付近では屋台が展開され、大行列を作っている。
「さぁさぁ、おいしいおいしい焼きキノコの店だよ!」
「うちで売ってるキノコはなんと、アンコちゃんが食べているのと同じキノコだ!」
「なんの、うちなんて『
屋台の店主の売り文句はウソか本当かもわからないものであったが、ともかく焼きキノコは飛ぶように売れていく。
そしてこの国にある八百屋のキノコは、軒並み品切れになっていた。
そう。
もはや『スライクの追放生活』は、小国の人々のトレンドとなっていたのだ。
スライクはすでに小国にとっては希代の大悪人であった。
国民の誰もがスライクを嫌悪し、彼の死を望みつつも、行動から目が離せない。
その影響力はすでにインフルエンサー級となっており、つい今しがた食された焼きキノコですらも、小国に一大センセーショナルを巻き起こしていた。
そしてついに、国家までもが動き出す。
ミリオン小国にある『
賢老院というのは国王の直属となる機関のひとつで、為政に対して国王への助言を行なっている。
その賢老院のメンバーたちが、一様に顔色を変え、国王であるミリオンの元に詰めかけていた。
「み……ミリオン様! スライクが『
ひたすら狼狽える彼らに向かって、ミリオンは弾けるように笑った。
「キャハッ! どうしたのぉ、そんなに慌てて~? そんなの、とっくの昔に知ってるよぉ!」
「あの島の内部に入って生きて戻れた者はいないのです!
というか、入れた者すらおりませんでした!
今回の一件は、間違いなく歴史的快挙……!
今すぐあの島に研究員を派遣し、スライクとともに探索を行なわせることを提案いたします!
そうすれば、多大なる発見を我が国にもたらすことは間違いありません!」
「キャハッ! そんなのダメに決まってるじゃん。
そんなことしたら、お兄ちゃんが優秀だって認めるようなもんでしょ~?」
「し、しかし! 今の機会を逃したら、あの島の歴史的価値は、永遠に閉ざされたままに……!」
「あの島のナントカ的ナントカなんてどーでもいいの!
それよりさぁ、お兄ちゃんの手柄を横取りする手を考えてよ! キャハッ!」
「手柄を横取り、とは……?」
「たとえばさぁ、お兄ちゃんが島の内部に入れたのは、この僕が昔アドバイスしたから、とかなんとか言ってさぁ!
そうしたらさぁ、その歴史的快挙とやらも、この僕のものになって……国民が増えるでしょ!? キャハッ!」
国王は、前人未踏の地を解き明かすことなど興味はなかった。
それよりも、手っ取り早く国民を増やす方法ばかりを考えていた。
四国の注目の的であるスライクが活躍するたび、「スライクはワシが育てた」と喧伝する。
これ以上にラクチンで効果の大きい支持率獲得の方法など、ありはしなかった。
ひとりの有名人が現れると、その家族にもスポットが当たるのと同じ原理である。
いずれにせよミリオンは賢老院に、スライクの手柄を横取りするよう指示。
賢老院はやむなく、中継の最中にある発表を行なった。
『こちら、ミリオン小国の賢老院である。
スライクがヘルツリーを無傷で抜けられたのは、過去にミリオン様が行なった助言によるものだと判明した』
しかし奇しくも同時に、ヴァイオ小国の賢老院からも、同様の発表がなされていた。
『こちら、ヴァイオ小国の賢老院である。
スライクがヘルツリーを無傷で抜けられたのは、過去にヴァイオ様が行なった助言によるものだと判明した』
ふたつの小国が同時に手柄を主張したので、四国の国民たちは騒然となった。
「なんだ!? なんでミリオン小国とヴァイオ小国が、それぞれ違う主張をしてるんだ!?」
「内容は一緒なのに、助言をした人物が違ってるぞ!?」
「ってことはどちらかが本当で、どちがかが間違ってるってことになるけど……」
「いったい、どっちの主張が本物なんだ!?」
紛糾する国民たち。
国王であるミリオンとはヴァイオは、自分のことは棚にあげ、相手を厳しく非難した。
『キャハッ! 僕が言ってることが本当だよ! ヴァイオはウソをついてるね!』
『おい、ミリオン! 兄貴にアドバイスしたのはこの俺だ! お前こそ、ウソつくんじゃねぇ!』
この水掛け論ともいえる論争は、意外なる形で決着した。
中継の水晶板に、とある静止画の映像が割り込んできたのだ。
その静止画はイラストで、幼いころのスライクとジーニーが描かれていた。
スライクはいかにもマヌケで、ジーニーはいかにも神童といったデザイン。
びええんと泣くスライクに向かって、ジーニーがやさしく語りかける。
台詞はすべて、声優による吹替えであった。
『兄者。兄者のスライムフォールはゴミスキルだ。
なぜならば、スライムがどうしようもないゴミだからだよ。
でも、ゴミも燃やせば暖かいだろう?
それと同じで、この天才の私にかかれば、たとえゴミスキルでも使い道を見いだせる』
『……本当に? ジーニー! この愚かな兄にどうかその使い道を教えておくれよ!』
『弟に頼るだなんて、兄者は本当にどうしようもないな。
ほら、あそこにヘルツリーがあるだろう、近づくだけで串刺しにしてくる恐ろしい木だ。
しかしスライムといっしょに通れば……』
『わぁ、ヘルツリーがなんにもしてこない!? すごいや!
さすがはストライク一族いちの天才といわれたジーニー様!
この四つの国を統べるに相応しいのは、やっぱりジーニー様しかいません!』
どうしようもないほどのプロパガンダ映像であったが、これは多くの国民の心を掴んでいた。
なぜならば再現VTR風に仕立てられていて、言葉だけのミリオンとヴァイオに比べ、はるかに信憑性があったこと。
このVTRの出現により、論争は一気に決着。
『スライクが前人未踏の地に踏み込むことができたのは、すべてはジーニー様のおかげ』という世論が形成される。
よってジーニーは、さらなる支持を獲得……!
ヴァイオ小国 90 ⇒ 84万人
ミリオン小国 95 ⇒ 89万人
ジーニー小国 117 ⇒ 130万人
ミラ小国 98万人 ⇒ 97万人
人々がこれほどまでに流動的なのには理由があった。
この四国はスライク一族の跡取りを決める試験で、いずれはひとつの国に統合される。
その最中、敗れたの国に所属していた国民は吸収され、下級国民もしくは奴隷扱いとなってしまう。
勝ち馬に最初から乗っていた者こそが、ゆくゆくは最上級の国民となれ、本国へと戻ることができるからだ。
四国間は現状は国交があるので、争いといえるものは情報戦のみ。
そうなれば、兄弟のなかでも頭脳派であるジーニーのひとり舞台であった。
今回ひとり勝ちを果たしたジーニーは、玉座の上で笑っていた。
「ミリオンとヴァイオは、私の『フルーツジーニー』宣言を受け、自分たちも兄者の手柄を横取りしようと目論んだのでしょう。
しかしそんな浅はかな知恵など、私はとっくに見通していたのです。
だからこそ私は部下に命じ、再現映像を作らせた。
それを最後にぶつけてやれば、手柄は一気に私のものになるうえに、先に宣言した者たちを、ウソつきにすることができる……!
情報戦というのは、こうやってやるのですよ……!
ふふふふ……! はーっはっはっはっはっはっはっはーっ!」
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