第15話

 ひと悶着あったものの、俺とアンコは仲直りして再び森の中を目指す。

 俺たちを中心にして、まわりに10匹のスライムを囲むように配置。


 独自の隊列で、トゲの木に近づく。

 一度うまくいったものの、二度目は串刺しにされるんじゃないかと不安だったが、無事通りぬけらえた。


 やっぱりスライムといっしょだと、この木は攻撃してこないらしい。

 巨人を閉じ込める格子のような木々の間をぬって、俺たちはいよいよその奥へと足を踏み入れた。


 樹冠に覆われ、洞窟の入り口のように薄暗い森に入った途端、


 ……シュパァァァァァァ……!


 俺とアンコの身体が、突如として光り出した。

 レベルアップの光だが、目も開けていられないほどにまばゆい。


「な、なんだ……!?」


「ご……ご主人様……。アンコ、いっきにレベルアップしちゃったみたいです!」


 目をぱちくりさせてそう報告するアンコ。

 俺もスキルウインドウを開いて確認してみると、レベルが25から30になっていた。


 ご……5レベルアップ……!?


 レベル帯が低い頃は、いちどに複数レベルアップすることがたまにある。

 しかしそれでも2レベルがいいところだ。


 俺たちは森に入っただけだというのに、5レベルもアップしてしまった。


「もしかしてこの地は、『未踏の地』なのか……?」


「ご主人様、ご存じなのですか!?」


「いや、これは学校の授業で習っただけなんだが……。

 人が立ち入ったことのない場所に入ると、大きな経験が得られるらしい。」


 たとえば、天を衝くほどにそびえる霊峰や、地の底に繋がっているかのような深淵。

 前人未踏であるほど、得られる経験の度合は大きくなるそうだ。


「ということはご主人様は、誰も入ったことのない地に入ったんですね!

 とってもマーベラスです!」


「お前もな。それよりも用心して進むぞ、ここから先はモンスターがいるはずだからな」


「はいっ、ご主人様!」


 森の中は砂漠のように不毛だった浜辺と違い、緑にあふれていた。


 林立する木に、伸び放題の草。

 しかしモンスターが踏み荒らしているのか、足元はそれほど歩きにくくない。


 屋根のように覆い被さる樹冠のおかげでどこも薄暗いが、ところどころはスポットライトのように光がさしている。


「あっ、ご主人様、お花があります! あっちにはキノコも!」


 迷子紐とポニーテールをピーンと張りつめたアンコが、興奮気味にあちこち指さす。


「やっぱりこの森にはいろいろなものがあるな。どれ、さっそく……」


 収穫しようと思ったら、森の向こうから、雄叫びとともに何者かが走ってくるのが見えた。


「ギャーッ!」


 それは小等部ボディビルダーのように、小柄で筋肉質の身体をしたゴブリンだった。


「あれは、ヘルゴブリン……!?」


 ノーマルの『ゴブリン』はこの世界のモンスターでは有名な雑魚モンスターだが、『ヘルゴブリン』は珍しい。

 地獄にのみ生息しているとされ、戦闘力はノーマルゴブリンの倍以上あるそうだ。


 戦闘経験のない俺は、真っ先に逃げることを考える。

 しかしアンコは何の躊躇もなく、「うおおおお!」とヘルゴブリンに向かっていこうとした。


 俺は泡を食らい、慌てて迷子紐を引っ張って彼女を抱き寄せる。

 すると、その小さな身体が震えていることに気付く。


 今まで俺は、アンコは何も考えずに蛮勇をふるっているものだと思った。

 しかし、彼女も本当は怖いのだ。


 本当は怖いはずなのに、俺を守らんとするがために、こんな狂犬みたいに振る舞っているんだ……。

 そう思うと、覚悟が固まった。


 俺は手をかざし、高らかに命じる。


「ファイヤースライムたちよ、一斉射撃! 目標はヘルゴブリン!」


 すると、俺の足元にいた深紅のスライムたちが、その赤さを競い合うかのようにカッと赤熱したかと思うと、


 ……ドドドドドっ!


 砲台のように炎のカタマリを吐き出す。

 それはまさに、魔術師が使う魔法『ファイアボール』だった。


 魔術のほうの『ファイヤボール』は、1発でもかなりの威力とされている。

 それを5連続で浴びては、いくら地獄からやって来たモンスターでもひとたまりもなかった。


「ギャ……!?」


 声まで焼き尽くされたかのように悲鳴が途絶える。

 ヘルゴブリンは一瞬にして火だるまとなり、そのまま灰となって消し飛んだ。


 そのすさまじい威力に、俺とアンコは唖然とハモる。


「す、すげぇ……」「す、すごいです……」


「これなら、少々のモンスターが襲ってきても平気そうだな」


「そうですね、アンコのメイド相撲の出番はなさそうです。

 あっ、ご主人様、いまの戦いでレベルアップしたみたいですよ」


「あっ、ほんとだ」


 たった1回の戦闘でレベルアップするとは……。

 あっさりやっつけられたが、ヘルゴブリンはかなりの強敵だったのかもしれない。


 アンコはその活躍を讃え、しゃがみこんでファイアースライムたちを撫でていた。


「えらいですよぉ、この調子でご主人様をお守りしてくださいね」


 美少女に撫でられて、心なしかスライムたちも嬉しそうに見える。

 と、ほっこりしている場合じゃなかった。


 ひとまず脅威は去ったが、またどこからモンスターが襲ってくるかわからない。

 俺たちは用心深くあたりを伺いながら、足元に生えている草花やキノコを採取した。


 すると、ひとつの問題が発覚。

 アンコはスカートを引っ張って、その上に採取したものを入れていたのだが、すぐにいっぱいになってしまった。


 いったん浜辺に戻ることも考えたが、このまま探索を続ける方法はないかと考え、あることを思いつく。


「フォール、クリアスライム!」


 『体積』スキルを利用して、大きめのスライムを呼びだす。

 浴槽もいっぱいにできそうなほどのスライムが、どすんと落ちてきた。


「よし、アンコ、採取したものはこの中に入れるんだ」


「なるほど! この子を荷物運びに使うのですね!」


「そういうことだ」


 アンコがつまんでいたスカートを離すと、クリアスライムの上にぶちまけられる。

 それらをすべて、クリアスライムは『捕獲』して体内におさめた。


 草花やキノコが、樹液に固められたみたいにぷかぷか浮いている。

 まだまだ詰め込める余裕はたくさんありそうだ。


「よし、それじゃあアンコ、このあたりにあるものを拾って詰め込むぞ。

 木でも草でも石でも、浜辺にないものはなんでもだ」


「はい、ご主人様!」


 俺たちはあたり一帯を丸坊主にする勢いで、手あたり次第にスライムに詰め込んだ。

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