第14話

 俺とアンコとスライムたちは、島の内陸部である森へと歩いていく。


 獣の牙のように、鋭利なトゲが生えた木のバリケード。

 その奥には、まさしく獣の眼光が光っているのが見える。


 人間風情など、立ち入ったらたちまち肉塊に変えるであろう魔界。

 それが『生前地獄リビング・ヘル』の内陸部である。


 外から見ているだけで寿命が縮みそうになるほど恐ろしい

 自然と、迷子紐を握る手にも力が入る。


 アンコの腰から伸びている迷子紐は、俺は普段は持たない。

 なぜならば、彼女をペット扱いしているみたいで嫌だからだ


 しかし、今回だけは別だ。

 森の中ではぐれでもしたら大変だからな。


 いよいよバリケードの木まで、あと2メートルと迫る。

 そこでふと、カモメが飛んできた。


 海からやって来たのであろうカモメは、そのままバリケードの間を縫って、森の中へと滑空しようとする。

 しかし、次の瞬間、


 ……ジャキィィィィィーーーーーーーーーンッ!!


 木に生えそむるトゲが伸び、カモメを貫いていた。

 赤く染まった羽毛が、ハラハラと舞い落ちる。


「「うわあっ!?」」


 その光景をまさに目の当たりにしてしまった俺たちは、思わず尻もちをついてしまう。


 まさか、トゲが伸びるだなんて……!?


 ふと、『あ~あ』と残念がるような声が、どこかから聞こえたような気がした。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 時は少しだけ戻る。

 今朝、スライクが森の探索をアンコに宣言したとき、それを中継していた四国は大いに盛り上がっていた。


 『生前地獄リビング・ヘル』を長年研究している専門家が、中継の解説でこんなことを言ったからだ。


『あの島の内陸に足を踏み入れた人間は、未だかつていないといわれています。

 まわりにある木は「ヘルツリー」といわれ、魔界にのみ生える木です。

 あの木には鋭いトゲが生えていますが、さらに近づく者を串刺しにするのです』


 いよいよこの処刑中継もクライマックスかと、スライクの行く末を予想する『スライク投票』は、最多の得票数となった。

 その内訳は、以下のとおりである。



 『生前地獄リビング・ヘルの内陸部に向かったスライクはどうなる?』


  ヘルツリーの串刺しになって死亡 … 250万票

  アンコを先に行かせて串刺しになり、スライクはヘタレて逃げ出す … 150万票

  アンコを犠牲にしつつも、森の中に入るのに成功する … 0票

  一切の犠牲なしに、森の中に入るのに成功する … 0票



 4国の誰もが、スライクの成功を予想していなかった。


 誰もがスライク、もしくはアンコが串刺しになる姿を信じて疑わなかったのだが……。

 結果は、カモメが串刺しになるという予想外のものとなった。


 中継を観ていた全国民が『あ~あ』と落胆したのだが、400万人もの溜息は、もしかしたらスライクにも届いていたかもしれない。


「なんだよ、せっかくいい所だったのに……」


「アンコちゃんだけ助かれ! って祈ってたのに、まさかスライクも助かるとはなぁ……」


「これでもう、森には近づこうとしないだろ」


「そりゃそうだろ、あんな仕掛けがあって森に入ろうとするバカがいるかよ」


 しかしその予想すらも裏切れられる。

 なんと水晶板に映し出されていたスライクが、信じられない行動に出たのだ。


 スライクは近くにあった岩に、迷子紐を結んでアンコを繋ぎとめる。

 「なにをなさるんですか!?」と大暴れするメイドをよそに、スライクはなんと……。


 スライムを引きつれ、バリケードの木に向かっていったのだ……!


 小国じゅうの街頭は騒然となる。


「な……なんだ!? スライクのやつ、気でも狂ったのか!?」


「カモメが死ぬところを見といて、なんで引き返さないんだよ!?」


「でもこれで、スライクが死ぬわ! 私はスライクの串刺しに投票してたのよ!」


「俺はヘタレて逃げ出すに投票してたんだ! 逃げ出してたらニアピン賞が貰えてたってのに!」


 そして彼らは、信じられない光景を目撃する。

 なぜかスライクが近づいても『ヘルツリー』は反応せず……。


 まるで主人が我が家に戻るかのように、フリーパスで森の中に招き入れていたのだ……!


 これには、実況を解説していた専門家も絶叫していた。


『えっ……!? えええーーーーーーーーーーーっ!? なぜだ!? どうしてなのだ!?

 何人たりとも通さないといわれた、ヘルツリーが、なんでっ、なんでぇぇぇぇぇーーーーーーっ!?』



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺はトゲだらけの木に近づいてなんともないことを確認すると、いったん浜辺へと戻る。

 親に棄てられた子供みたいにギャン泣きするアンコの元へと向かった。


 岩に結び付けてあった迷子紐をほどいてやると、アンコは体当たりするみたいに俺の胸に飛びこんでくる。


「うわあああああんっ! なんで、なんでアンコを置いてきぼりになさったんですかっ!?

 うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ!」


「悪い。ちょっと試したいことがあったんだ。

 失敗すると串刺しになるかもしれないから、お前を巻込まないように置いてったんだ」


 カモメが串刺しになった途端、俺は腰を抜かすほどにビックリした。

 しかし同時に、ある疑問が思い浮かんでいたんだ。


 それは、


 『スライムで果物を採ったときに、なぜトゲはスライムには反応しなかったのか』


 スライムは串刺しにされたところで平気だが、そもそもトゲは飛び出しすらしなかった。

 ということは、このトゲの木はスライムの存在を感知できないか、感知できていたとしても見逃していたかのどちらかだ。


 俺は後者の可能性に賭けた。

 もしかしたらこのトゲの木は、スライムには攻撃してこないんじゃないかと予想を立てたんだ。


 そこでさらなる仮説として、スライムと一緒に木に近づけば、攻撃されないんじゃないかと考える。

 いちかばちか試してみたんだが、思いの外うまくいった。


 理由はわからないが、スライムといっしょなら、フリーパスで森に入ることができるようだ。


 それを説明してやったんだが、アンコは納得してくれなかった。

 ポニーテールをプルプルさせ、えぐえぐ泣きながら俺に訴える。


「なんでそんな危ないことをしたんですか!? どうして、アンコにやらせてくださらなかったのですか!?

 アンコは生まれて初めて、ご主人様のことをバカだと思いました!

 バカバカバカっ、ご主人様のバカっ!」


「確かにバカかもな。

 でも、女の子にこんな危険なことをやらせるわけにはいかないだろう。顔に傷でもついたら一大事だからな」


「なにが一大事ですか!? ご主人様がケガされるほうが、よっぽど天変地異です! アルマゲドンです!

 そんなこともわからないんだなんて……!

 バーカバーカ! ご主人様のバーカ!

 おたんこなす! とーへんぼく! でべそ! 扁平足! 万年赤点ボーイ! ローション男!

 ○○○ピーッ! ○○○○ピーッ! ○○○○○ピィィィーーーーーーっ!!」


「お前……言葉がすぎるぞ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る