第12話
生まれて初めて食べたスライムは、不思議な食感だった。
見た目のとおり柔らかいのだが、噛むと弾力があり、わずかな抵抗感で噛みくだける。
その感覚はこの世界のどの食べ物にもない、絶妙な塩梅だった。
噛むことが楽しいと思った食べ物は、これが初めてだ。
そして味も絶品。
このリンゴはそのまま食べても美味なのだが、スライムに吸収されたことにより、さらに美味しくなっている。
リンゴはシャリッとした噛み応えだが、こっちはぷりっとした歯ごたえ。
口の中でクラッシュされたゼリーは、リンゴの蜜をこれでもかと分泌する。
脊髄が痺れるような、背徳的な甘さだった。
まさに、禁断の果実……!
気が付くと、あっという間に食べ尽くしてしまっていた。
「ご主人様! 次のゼリーを! は、早く! 早くしてくださいっ!」
据わった目と、ぶわっと広がったポニーテールでどやしつけてくるアンコ。
「わかってる!」
俺は禁断症状を起こしてしまったかのように震える手でスキルを発動、ふたつ目のゼリースライムを作る。
ノータイムでアンコが飛び込んできて、丸かじりにする。
それから俺とアンコは、まるで屍肉に群がるハイエナのようにスライムを喰らった。
その最中、俺は試しにゼリースライムに『低温』スキルを発動。
冷たくしてみたら、さらに美味しくなることを発見し、さらにスライム食が進む。
しばらくして、ようやくひと心地ついた。
お腹がぽんぽこりんになったアンコが、至福の極地でつぶやく。
「ふぁぁ……スライムって……こんなに美味しいものだったんですね……」
「ああ……俺も、知らなかったよ……」
「これ、みんなに食べさせたら、きっとびっくりしますよ……」
「ああ……そうだろうな……。
見た目がアレだから、食べたがるヤツは少なそうだけど……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、『
「おい、観たか、今日の『スライクの追放生活』!」
「当たり前だろ! いまアレを観てねぇヤツなんていねぇよ!」
「フルーツゼリースライムだってよ! あれ、最初はウエッてなったけど……」
「よく見たら、すげーうまそうだったよなぁ!」
「スライムって、マジでうまいのかなぁ!? 一度、食ってみてぇなぁ!」
「ええーっ、俺は気持ち悪いと思ったけどなぁ!」
「そうそう、私も嫌だったわ! スライクの悪趣味さがよくわかる中継だったじゃない!」
「でもさぁ、アンコちゃんもすげーうまそうにしてなかったか?」
「なに言ってんだよ、アンコちゃんはスライクのやつにさらわれて、無理やりあの島に連れてこられたんだぞ!」
「そうそう、だからあのスライムも無理やり食べさせられてて、仕方なく美味しいっていってるんだって!」
今回の『スライム食』については、世論は『食べてみたい派』と『食べたくない派』で真っ二つに分かれていた。
しかしこの場合は、ほぼ100パーセントが『食べてみたい派』であるといってよかった。
なぜならば、各小国には世論操作のため、国王を持ち上げ、スライクを貶める世論を広める者たちが配置されていたから。
彼らはまず、アンコが自分の意思でなく、スライクにさらわれたというウソの情報を流布する。
その他にもスライクの非道なる行いをでっちあげ、追放されて当然の人間に仕立て上げていた。
そのため、各国にはスライクの味方などひとりもいない。
それなのに、『食べてみたい派』が50パーセントもいるということは、それだけゼリースライムに強い関心が寄せられているということになる。
この結果を部下から報告された、国王のジーニー。
彼はすぐさま中継システムを利用して、ある発表を行なった。
中継システムには2種類あって、小国内に限定したものと、他の三国の国民にも伝わる多国間のものがある。
今回の発表は後者で、まさに世界的な発表であった。
『先の中継でスライクが作ったゼリーは、この私、ジーニーが教えたものです!
名前も「ゼリー」と「ジーニー」で、良く似ているのが何よりもの証拠!
あれは本来は「ゼリー」ではなく「ジーニー」という名前でした!
ですがスライクが手柄を横取りしたくて、発案者である私が付けた名前を、勝手に変えてしまったのです!』
なかなかのこじつけっぷりであったが、この発表は何の疑いもなく全国民に受け入れられる。
それほどまでに、国王とスライクの間には信用の差があった。
さらにジーニーは、こんなことを言い出す。
『これから我が「ジーニー小国」限定で、「フルーツジーニー」を発売する!
発売は1週間後! 我がジーニー小国の国民は、楽しみにしているといい!』
ジーニーは『フルーツゼリースライム』がビッグウェーブを生むことをいちはやく察知、さっそく手柄を横取りしようとしていた。
こんな発表をされたら、各国の市民たちは気が気でなくなる。
ミーハーな国民たちは『フルーツゼリースライム』、いやフルーツジーニーが食べられるのならと、大移動を開始した。
ヴァイオ小国 94 ⇒ 90万人
ミリオン小国 102 ⇒ 95万人
ジーニー小国 102 ⇒ 117万人
ミラ小国 102万人 ⇒ 98万人
各国の国民たちの大半は、跡取りを決める勝負のためにユニバーが移住させた者たちだったので、フットワークが軽かった。
よってジーニーは今回の宣言で、一気に15万人もの支持を得る。
もしフルーツジーニーが実現できれば、さらなる支持拡大も夢ではない。
ジーニーは大臣たちを呼び集めると、こう命じた。
「ただ今より、フルーツジーニーの開発に着手せよ!
お前たちは兄者の『フルーツゼリースライム』を研究し、同じものを……いや、それ以上のものを作りあげるのだ!」
ジーニーの部下は知恵者揃いだったが、これにはさすがに寝耳に水が入ったような顔をする。
「ええっ、今から!?」
「フルーツゼリーは、ジーニー様がお教えになったものではないのですか!?」
しかし、聡明な部下たちはすぐに察する。
「わ……わかりました、必ずや、フルーツジーニーを、この手で!」
「なぁに、スライクが作れるくらいのものだったら、きっと簡単ですよ!」
「そうそう、アイツはクラスでも一番の落ちこぼれだったしな!」
大臣の大半は、当時のクラスメイトであった。
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