第9話
アンコがいなくなったので、俺はひとりでスライム風呂に入ることにした。
『高温』のスキルでスライムを温めて利用するのはそれなりにやっていたのだが、こうやって風呂として利用するのは初めてだ。
……入っても大丈夫だよな?
いざ入るとなったら不安になって、足先だけちょんと浸けてみた。
指先で感じた印象としては、普通の風呂だ。
ええい、こんな入り方してたら朝になっちまう。
俺はままよとばかりにスライムだまりに身を投じ、どぷんと浸かった。
どこからか、
『うぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!?!?』
と信じられないものを見たような悲鳴が聞こえた気がしたが、空耳だろう。
だってこの島には俺とアンコしかいないんだからな。
肝心のスライム風呂の感想は、
「は……はぁぁ~っ」
と溜息が漏れるほどに気持ちよかった。
スライムの『硬度』を最低にまで落としているので、肌触りもほぼ普通の風呂と同じだ。
温度もちょうどいい。
なんだか、今日一日の疲れがスライムの中に溶け出していくようだ。
『な、なぁ……。なんか、気持ち良さそうじゃね? あのスライム風呂』
『うん……。最初見たときはありえないって思ったけど……』
『それに、星空の海を眺めながらの露天風呂なんて、最高じゃない!』
『そうかなぁ、私は絶対お断りよ!』
『そうそう、きっとスライクは無理してるんだよ。スライムの風呂なんて気持ちいいわけないじゃん!』
俺がスライム風呂を全身で堪能していると、ふと、小さな人影が現れた。
「じゃじゃーんっ!」
と岩棚の上で仁王立ちになっていたのは、アンコ。
メイド服ではなく、白いビキニのようなものをまとっている。
「どうですか、ご主人様! これならご一緒してもいいですよね!?」
「どうしたんだ、その水着みたいなの」
「お夕食で頂いた、ホタテの貝殻で作ったんです!」
だいぶ暗くなってきているから気付かなかったが、たしかによく見ると植物の蔓とホタテでできたビキニだった。
「ちょっと大胆すぎるような気もするが……。まあいいや、入れよ」
「やった! ありがとうございます!」
アンコは池に飛び込むカエルのように、ピョンと飛び跳ねてスライム風呂に浸かる。
そして「はぁぁぁぁぁ~~~っ」と随喜の溜息を浮かべていた。
『すげえ、貝殻の水着だってよ!』
『メイド服もいいけど、あの水着もいいなぁ~!』
『おい、カメラ! もっと彼女に寄れよ!』
『あの子、アンコちゃんっていうんだっけ? 俺、ファンになりそう!』
『俺も一度でいいから、あんなかわいい子と混浴してみてぇなぁ~!』
『ああっ、アンコちゃん、スライクのヤツに寄り添ってるぞ!?』
『スライクのヤツ、ふざけんなよ!』
俺のとなりにやってきたアンコは、もうすっかりとろけている。
「はぁぁ……。こんなに気持のいいお風呂、初めてです……」
「今日はいろいろあって、疲れてるからだろ」
「それもありますけど、いちばんの理由は、ご主人様といっしょのお風呂だからです……。
夢にまで見た、ご主人様との混浴……うふふふ」
「夢だったのかよ」
「はい。お屋敷にいる時も虎視眈々と混浴チャンスを狙っていたのですが、ずっと失敗しておりましたので……」
「なんだかよくわからんが……。まあ、よかったな」
俺な何気なく、隣にいるアンコに視線をやる。
まとめ上げた髪の、毛先から垂れ落ちる雫。
ほっこりと桜色に染まるうなじと、ほっそりとした首筋。
華奢な肩の下には、一枚の貝に覆われた膨らみがあって……。
と、俺は慌てて視線をそらす。
ずっと自分の妹みたいに思ってきた少女の身体の変化に気付き、動揺する。
「どうされましたか、ご主人様?」
「なんでもない」
不意に俺の身体が、ほんのりとした光を帯びる。
これはレベルアップしたときの光だ。
……なんでこんな時に、レベルアップを?
目の当たりにしていたアンコは、俺の唐突なるレベルアップにキョトンとしていたが、すぐに手を叩いて祝福してくれた。
「ご主人様、レベルアップおめでとうございます!
レベルって、新しいことを発見したり、経験したりすると上がるんですよね?
お風呂でなにか新しい発見でもあったんですか?」
「さ、さぁ……」
すると、アンコの身体も光り輝きはじめる。
「わあっ、アンコもレベルアップしました! これはきっと、ご主人様との混浴を達成したからでしょう!
同時レベルアップだなんて、最高の主従関係だと思いませんか!?
アンコはこの瞬間、ご主人様の黄色いネズミになりました!」
「なんだそりゃ」
それからアンコは俺の背中を流したがったが、そもそも身体を洗うような道具がなかったので、そのまま風呂を出る。
アンコは水着の紐を噛んで悔しがっていた。
風呂を出たら身体が温まって眠くなってきたので、寝ることにした。
砂浜は多少は柔らかいが、直に横になるのは抵抗がある。
というわけで、ここでもスライムの出番だ。
「……フォール、クリアスライム!」
温泉の時ほどではないが『硬度』を柔らかめに。
『体積』を広めにしたスライムを降らせる。
砂浜の上に落ちたスライムは、どろりと広がり、大きなマットみたいになった。
「スライムマットだ。今日はこの上で寝るぞ」
「はい、ご主人様!」
アンコはもはやスライムには抵抗がないのか、嬉々としてマットの上にあがる。
彼女はちょこんと正座をすると、拳を固めて言った。
「それでは、ごゆるりとお休みくださいませ、ご主人様!
このアンコが、おやすみからおはようまで、しっかりと見ておりますので!」
ゲンコツで、葉っぱビキニの胸をドンと叩き、「まかせなさい」アピールをするアンコ。
「それは頼もしいが、半裸の女の子に不寝番をさせるわけにはいかないな」
「いえ、アンコのことは女の子だと思わないでください!
夜行性の女豹だと思ってください! それか不眠症のお嫁さんだと思ってください!」
「どっちもやだな」
俺は言いながら、さらに手をかざす。
「……フォール、ファイアスライム!」
俺たちの周囲に、10匹ほどのファイアスライムが落ちる。
炎を内包しているだけあって、周囲が一気に明るくなった。
「これでよし。コイツらがいれば、森の中からモンスターが出てきて襲ってきたとしても、時間稼ぎくらいにはなるだろう」
「この子たちは強いんですか?」
「わからん。俺が降らすことのできるスライムで、いちばん戦闘力がありそうだから呼んでみたんだ。
あとはコイツらに任せて、お前も寝るんだ。明日も忙しくなるだろうから、しっかり休むんだぞ」
するとアンコは素直に頷き返してくる。
彼女は、基本的には俺の命令には忠実なんだ。
「やっぱりご主人様はおやさしいです! わかりました、アンコもお休みします!」
正座から深々と頭を下げ、おやすみの挨拶をするアンコ。
そのままコテンと横になる。
次の瞬間にはもう、すーすーと安らか寝息をたてはじめた。
「寝るの早っ」
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