第8話

 ヴァイオが落とした隕石から、新たに『ファイアスライム』を作り上げた俺。

 炎がメラメラと燃えるスライムとアンコを引きつれて、魚の置いてある場所に戻った。


 夕焼けに照らされて長い影を伸ばしながら浜辺を歩く。

 アンコは散歩に行くのが嬉しい犬みたいに、俺のまわりをずっとぐるぐる回っていた。


「アンコ、なにをそんなにはしゃいでるんだよ」


「はしゃぎたくもなります! だってご主人様とこんなにいっしょにいられるのは久しぶりのことなんですから!

 ご主人様のおそばにいられるなら、毎日が日曜日です!」


 まったく……俺たちはいま、明日をも知れない無人島にいるってのに……。

 これじゃまるで、南の島のバカンスで犬を散歩させてるみたいじゃないか。


 魚の山に戻ると、まずは森の近くに落ちている草や枝を集めて積み上げる。

 そこに向かって、『ファイアスライム』の『放出』スキルを発動すると、


 ……ゴォォォォォォォォーーーーーーーーーッ!


 スライムは火炎放射のような炎を吐き、草の山を火の山へと変えていた。

 火を吐くスライムなんて前代未聞だったので、俺とアンコは、


「おお……!」


 と思わず驚嘆してしまった。


 なんにしてもこれで、魚を焼くための準備は整った。

 俺とアンコは手分けして魚を木の枝に刺し、焚火であぶる。


 すると気のせいだろうか、いまは遠くはなれた西の小国にいるはずの、ミリオンの声が聞こえてきた。



『あ~あ、魚を焼いたところで、塩がなければ味がないじゃん!

 味のない魚なんてマズそぉ~! キャハッ!』



 たぶん空耳だと思うが、おかげで味付けを忘れていたことを思い出す。

 俺はソルトスライムを作ったときにとっておいた塩を、魚にパラパラと降ってみた。



『なっ、なにアレっ!? もしかして塩!? なんで塩まであるのぉ~!?』



 と声が聞こえた気がしたけど、これも空耳だろうと思い気にしないことにした。


 魚の皮が焼ける香ばしい匂いと、脂がしたたりじゅうじゅうと音をたてる。

 もうその時点で、俺とアンコはこの焼き魚が絶対的にうまいことを確信していた。


 ふたりで顔を見合わせあったあと、思い切りその胴体にかぶりつく。

 ぱりっとした皮の食感のあと、ほくほくした白身から、じゅわっと海の旨味が溢れ出す。


「「おっ……おいしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」


 俺とアンコは同時に絶叫していた。

 そして俺もアンコも、夢中でむしゃぶりつく。


「う、うまっ、うまっ、うまっ! うまあっ!

 ただ塩を振って焼いただけなのに、今まで食べたどの魚よりもうまいっ!」


「うみゃうみゃみゃむみゅむみゃうみゃうみゃぐ」


 アンコに至っては初めてミルクを飲んだ子猫みたいになっていた。

 瞳孔が開きっぱなしで、言葉にならない喜びを口から漏らしている。


 俺たちはそれから魚を焼きまくり、無我夢中で貪り食った。

 気付くとあたりは魚の骨と貝殻だらけ。


 そしてついでに新しいスライムの利用法も発見していた。

 貝やウニなどの道具なしで中身を取り出すのが困難なものは、いったんスライムに『捕獲』させて、そのあと『分離』させると、中身と殻に分けることができる。


 あとは『放出』させ、中身だけキャッチすれば……。

 労せずして、ウニやアワビを食べ放題っ……!


 おかげで俺とアンコは腹いっぱいになって、幸せな気分で浜辺に横たわっていた。

 あたりはすっかり暗くなって、空には星が瞬いている。


「ああ……ご主人様からこんなにおいしいものがいただけるだなんて……。

 アンコは宇宙一の幸せ者です……。ご主人様をおいかけてきて、本当によかった……」


 夢見心地で星空に手を伸ばすアンコ。

 俺はちょっと気になったので、何の気なしに尋ねてみた。


「アンコ、お前はここに来なかったら、四つの国のうち、どこに行くつもりだったんだ?」


「ご主人様の行く国にご一緒するつもりでした。

 アンコにとってはご主人様がすべてですので」


 迷う様子もなく、きっぱりと言い切るアンコ。


「ところでご主人様は、この島に追放されなかったら、どの国に行くおつもりだったのですか?」


「ああ、俺は四つの国のどこというわけじゃなくて、定期的に回ろうと思ってたんだ。

 いちおう長男だし、権力を手にした弟たちが道を踏みはずさないか見守ってやる必要があると思って」


「でもみなさんは、ご主人様のことを……」


「それはもういいさ。もしかしたらアイツらもいつか考えなおして、俺を助けに来てくれるかもしれん。

 その時までは、ここでノンビリ待つさ」


 俺は立ち上がると、大きく伸びをする。


「さーて、それじゃあ風呂にでも入るか」


「えっ、お風呂があるのですか?」


「あるっていうか、これから作る」


 俺はアンコを引きつれ、海辺にある岩礁へと向かう。

 そこにちょうどいいサイズの窪みを見つけたので、ありったけのクリアスライムを降らせた。


 ばしゃん、と水っぽい音で着水するスライムたち。


「いつものスライムと違って、しゃばしゃばですね」


「ああ、『硬度』のスキルで硬さを調整して、水みたいに柔らかくしたんだ」


 さらに『高温』のスキルで、スライムたちの温度を上げてやれば……。


 ……ほっこり。


 と湯気を立てる、温泉の完成っ……!


 アンコは目をカッと見開く。


「う……うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!

 すすす、すごいですごいですごいです! まさかスライムで温泉まで作っちゃうだなんて!

 完璧です! パーフェクトです! はだか祭りです!」


 アンコは「♪チャンカチャンカチャンカチャンカ」と祭り囃子とともに俺の服を脱がせにかかる。

 ドサクサまぎれに自分のメイド服も脱ごうとしていたので、俺は止めた。


「待て、いっしょに入るつもりか?」


「当然です! ご主人様のお背中をお流しするのは、メイドの務めですから!」


「なら、屋敷にいた頃のルールを守って水着を着けるんだ」


「ええっ、この期に及んでまだそんなことをおっしゃるんですか!?

 ここにはご主人様とアンコ以外に誰もいないんですよ!?

 ここぞとばかりに太陽の季節を満喫しちゃいましょうよ!」


 アンコはいつも俺に対しては笑顔だが、この時ばかりはあからさまに不服そうだった。


「人が見てようが何だろうが関係ない。

 お前は人が見ていなかったらルールを破るのか?」


「うぐっ……! なんたる正論を……!

 で、でも、水着なんて持ってるわけないじゃないですか!

 あ、そうだ、下着じゃダメですか!?」


「ダメだ」


「そんなぁーっ!? 星空のディスタンスでお背中をウォッシュするチャンスなのにぃーっ!?」


 アンコは俺といっしょに風呂に入れないのがよっぽどショックなのか、意味不明の事を口走りはじめた。


「なんと言おうとダメなものはダメだ。

 俺は高等部を卒業したばかりだし、お前なんてまだ学生だろう。

 それにいくらメイドとはいえ、嫁入り前の娘の裸を見るわけにはいかないからな」


「ううっ……。ご主人様ってそういう事に関しては、とってもカタブツですよね……。

 ご主人様の木仏石仏、ブツブツ……」


 アンコは未練ありまくりの瞳で、念仏のような恨み言をブツブツつぶやく。

 ブラウス半脱ぎの肩をガックリと落としながら、温泉から退場していった。

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