第7話

 四つの国は、沈黙に包まれていた。

 ストライク一族の希代の無能であるスライクの醜態を、今か今かと待ちわびていたのに……。


 大画面に映し出されていたのは、犬耳のようなリボンをぴこぴこ、しっぽのようなポニーテールをぱたぱたさせる、なんとも愛らしい少女のドアップであった。


「な、なんだ、あの女の子……?」


「めちゃくちゃかわいいけど、なんなの……?」


「もしかして、スライクと一緒にいるのか……?」


 ざわめく民衆を眼下に、謁見台のヴァイオは歯噛みをする。


「くそっ……! アンコのヤツ、生きてやがったのか……!

 てっきり、海に落ちて死んだものだと……!」


 映像が引きになると、魚の山とスライクが現れる。

 遥か東の小国にいるジーニーも、その様子を謁見台で見ていたのだが、「なにっ!?」と立ち上がっていた。


「ば……ばかなっ!?

 『生前地獄リビング・ヘル』の近海の魚はすべて『魔界の魚』と呼ばれていて、釣り竿でも投網でも、もちろん素手やモリ突きでも捕まえるのは不可能だとされているのに!?

 いったい、どうやって捕まえたんだ!? しかも、あれだけの量を……!?」


 彼の国の国民たちもざわめていていた。


「スライクのやつ、死んでねぇぞ……」


「ああ、最初の映像だと、フォールズの攻撃に逃げ惑うわ、食べ物も水もなくて絶望するは、いつ死んでもおかしくない状態だったのに……」


「今は大漁の魚を捕まえて、普通に無人島生活をしているようだわ……」


「それにしてもあの女の子、かわいいなぁ……」


 今や四つの国の全国民の注目を集めているとも知らないスライク。

 画面の中の彼は、腕組みをして難しい顔をしていた。


『う~ん、魚を捕まえたはいいが、どうやって食べるかだな……』


『だったらご主人様、生のままで食べちゃうってのはどうでしょう!?』


『それは最終手段だな。魚を生で食べるなんてやったことがないから、最悪ハラを壊すかもしれん』


 ちなみにではあるが、この世界には魚介類を生食する文化はない。


『火があれば、一発解決なんだが……』


『それならお任せくださいご主人様! アンコ、なにかの本で火の起こし方を読んだことがあります!』


 言うが早いがアンコは木の枝を拾ってきて、「うおおおお!」と猛然と擦り合わせはじめる。

 しかし火はまったく起きず、やがてへばってしまった。


『はぁ、はぁ、はぁ……ちっとも火が起きません……』


『そのやり方なら俺も知ってる。しかし木をこすりあわせて火を起こすのは熟練しないと無理なはずだ。

 なにかもっと別な方法で、火を手に入れられないかな……』


 その言葉に反応し、ヴァイオが玉座から立ち上がる。


「がはははははは! 見よ! 火がなくて困ってやがるぞ!

 魚くらいは獲るだろうと思っていたから、火だけは渡さなかったんだよなぁ!

 火が無ければ魚など、絵に描いた餅といっしょだ!

 目の前にあるのに食べられないってのは苦しいよなぁ、悔しいよなぁ!

 どうだ、これが俺様の考えた責苦だぁ!」


 火のない偶然を、さも自分の手柄のように喧伝するヴァイオ。

 民衆は「おお……!」と感心する。


「スライクが魚を獲ることを予測して、敢えて火を渡さなかっただなんて……!」


「ヴァイオ様はなんと先見の明があり、そして容赦がないのだろうか……!」


「スライクはこれから限界まで追い込まれて、生の魚を丸かじりすることになるのか……!」


「おえぇ、生の魚を食うくらいだったら、死んだほうがマシだぜ!」


「そしてこれが、ヴァイオ様の責苦だというのか……! なんと恐ろしい……!」


「敵には回したくないお方だ……! 俺はヴァイオ小国でよかったよ……!」


 しかし次の瞬間、画面の向こうのスライクはなにかを閃いたように立ち上がっていた。

 『そうだ!』と駆け出し、『ああっ、お待ちくださいご主人様!』とアンコが続く。


 後を追ったカメラが見たものは……砂浜の空いたクレーターであった。

 その中心には隕石が埋まっていて、ヒビ割れた間からわずかな赤熱が漏れている。


 スライクは手をかざし、『フォール、クリアスライム!』と叫んだ。

 すると、隕石の上に透明なスライムが落ちる。


 スライクはスライムを操って、残り火のあるヒビ割れに導くと、『捕獲』のスキルを発動。

 スライムは残り火を吸い込んで、燃え盛る炎をその内に宿らせた。


 瞬間、海の向こうで叫喚がおこる。


「えっ……えええええええええええええええええーーーーーーーーーーーっ!?!?」


「なっ、なに、今の!?」


「す、スライムが炎を吸い込みやがった!?」


「スライムって何かを吸い込んだりできるの!? そんなの初めて知ったわ!?」


 その驚きはスライクには届かない。

 いま彼に届いているのは、隣にいるアンコの賞賛のみ。


『うわあっ! スライムで火を捕まえるだなんて……本当すごい発想です、ご主人様!

 アンコはもうビックリしっぱなしです!』


『浜辺に隕石が落ちてることを偶然思いだしたんだ。

 もしかしたらいけるんじゃないかと思ってやってみたら、うまくいった。

 これも、ヴァイオのおかげだな』


『えっ、ヴァイオ様の?』


『ああ、この隕石はヴァイオが降らせたんだよ。

 これがなかったら今頃、俺たちは生で魚を食べていたかもな』


『それじゃあ、ヴァイオ様に感謝しないといけないですね!』


『そうだな。ヴァイオは今頃、北の国で建国記念パーティの真っ最中だろうな』


『北はどちらでしょう?』


『夕陽の位置からすると、あっちが北だな』


 スライクが指さす方角に向かって、アンコはすぅーっと息を吸い込んだかと思うと、


『火をくださってありがとございまぁ~っす! ヴァイオさまぁ~っ!

 船のなかでアンコを襲おうとしたことは、これでチャラにしてあげまぁ~っす!』


 謁見台の巨大水晶板には、口に両手を添えて、山びこのように叫ぶアンコのドアップが。

 真下にいたヴァイオは「なっ……!?」と目を剥く。


 冷ややかな国民の声を、眼下に聞きながら。


「なんだよ……さっきヴァイオ様、火だけは渡さねぇって豪語してたのに……」


「思いっきりメテオフォールを利用されてるじゃない……」


「それでスライクに火を渡しちゃうだなんて、なんかマヌケだな……」


「それにヴァイオ様、あんな幼気そうな子を襲おうとしてただなんて……」


「ヴァイオ様って乱暴だけど、女の子にだけはやさしいと思ってたのに……」


「わたしヴァイオ様に憧れてたのに、ちょっと幻滅しちゃったかも……」

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