第6話

 スライクとアンコの無人島生活が、始まりを告げていた頃……。

 スライクの弟たちの豪華客船は卒業旅行を終え、各小国へと帰港していた。


 小国は島国となっていて、それぞれ東西南北に十字の形に分かれている。


 北に位置するのは、ヴァイオが治める豪腕の国、『ヴァイオ小国』。

 西に位置するのは、ミリオンが治める黄金の国、『ミリオン小国』。

 東に位置するのは、ジーニーが治める叡智の国、『ジーニー小国』。

 南に位置するのは、ミラが治める奇跡の国、『ミラ小国』。


 四島を線で繋ぐと十字の形となり、さらに奇しくも、その十字のど真ん中には『生前地獄リビング・ヘル』があった。


 弟たちがそれぞれの国に戻ると、そこでは新しい国王を迎えるために国民たちが待ち構え、盛大なる建国パーティが行なわれた。

 王城の謁見台に上がった新国王たちは、それぞれの決意表明をする。


 ヴァイオはメテオを降らせる力を駆使し、どこよりも強い軍事力を持つ国を創り上げると。

 ミリオンは黄金を降らせることで、どこよりも豊かな国を創り上げると。

 ジーニーは知恵を降らせることで、どこよりも聡明なる国を創り上げると。

 ミラはこれといった表明はしなかったが、国民に対してもなにも望まなかった。


 そして四人の国王は、今回の建国の目玉として、ある新しい刑罰の制定を宣言した。


 それは『生前地獄リビング・ヘル』への、島流し……!


 これは重罪人に適用され、文字どおり『生前地獄リビング・ヘル』へ送られる。

 『生前地獄リビング・ヘル』はまさに地獄のような場所であると伝説にあるので、国民たち、とりわけ悪人たちはみな震えあがった。


 しかも島に送られた者は、魔導装置による映像伝達によって中継される。

 苦しみながら死にゆく様を、全国民に見られてしまうという。


 まさに新世代の『晒し首』である。

 そして新しい国王たちは、この処刑を見世物へと昇華させていた。


 それではその様子を見てみることにしよう。


 場所は、ヴァイオ小国の王城。

 要塞のような城の謁見台に立つ、国王ヴァイオは高らかに宣言する。


『この刑罰の恐ろしさを知らしめるために、今回は先行して、ひとりの男を処刑した!

 その様子を、みんなで見ようじゃねぇか!』


 ヴァイオの頭上には、巨大な水晶板のスクリーンがあった。

 それはずっとヴァイオの演説の模様を映し出していたが、それが切り替わる。


 次に現れたのは、『スライクの追放生活』という、いかにもバラエティ風のタイトル。

 ナレーションつきのダイジェスト映像が流れる。


『ついに始まりました、「スライクの追放生活」!

 この中継は、流刑にあった「スライク・ストライク」が苦しみながら死んでゆく様をお送りします!

 スライクといえば、ストライク一族の汚点と呼ばれたダメ長男っ!

 スライムを降らせることしかできない無能のくせして、ヴァイオ様に偉そうにしていた罪で、島流しとなった大罪人だぁ!』


 映像は静止画による撮影で、サンダーフォールやファイアフォールで砂浜を逃げ惑うスライクの姿だった。

 最後にメテオフォールを決められ、盛大に吹っ飛ぶ一枚が映し出されると、観ていた観衆からはどっと笑い声が起こる。


 カットインはさらに続き、果物を取ろうとしてもトゲの木で近づけなかったり、海水があるのに水が飲めないと嘆くスライクの姿が。

 それは浜辺に転がっている骸骨のおかげで、とてつもなく絶望的な光景に見えた。


 観衆は口々に漏らす。


「うう……果物があるのに獲れない、水もあるのに飲めないだなんて……」


「まさに、生き地獄だな……」


「あんな島に送られるの、絶対に嫌だよ……」


「なんて、残酷な処刑なんだ……」


 最初は悲痛な意見が大半であったが、ある者たちの意見で情勢は一変する。


「でも、悪いことしなければいいだけだろ?」


「そうそう! それに、観ているぶんには楽しくない!?」


「だよなぁ! あのスライクとかいうやつ、役立たずのクセして我らが偉大なるヴァイオ様に逆らったんだろう!?」


「なら、当然の報いだよ!」


 すると、大衆たちは煽動されるように、処刑の映像を楽しみはじめた。


「そうだな! よく考えたら、当然の報いだよな!」


「見て、あのスライクの今にも死にそうな顔!」


「あっはっはっはっはっ! ざまあみろ! 俺たちの国王に逆らった罰だ!」


「こりゃ、楽しいなぁ! なんだかモルモット見てるみたいだぜ!」


 処刑中継は一気に大衆に受け入れられる。

 このショーは他でもない、ジーニーの発案であった。


 彼は、スライク追放の一部始終を計画。

 さらには死にゆく様を中継して、国民への娯楽とガス抜きの提供を思いついていた。


 人は追いつめられると、どんどん醜い行動に走るようになる。

 醜悪なスライクの姿を中継すれば、国民たちはさらに注目することだろう。


 そしてゆくゆくは、国家の絶対悪のシンボルとして、死後も利用可能となる。


 そう……!

 スライクは屍となってもなお、弟たちの為政のために、いいように使われ続けるのだ……!


 スライクの追放前、ジーニーがこの案を披露したとき、弟たちの反応はこうであった。


「なるほど、兄貴を追放したうえに見せしめに使い、さらに処刑を娯楽にするとは考えたじゃねぇか!」


「キャハッ! それってすっごく楽しそ~!」


「でもさぁ、それだとすぐ死んじゃうんじゃない? 見せしめにするなら、長いこと生かしておいたほうが……」


「その点については心配無用です。

 中継のシステムを利用して24時間監視し、命の危険がある時は補給物資を島に送ります」


「なんだとぉ? それなら生き延びられるけど、それだと処刑にならねぇじゃねぇか!」


「いいえ、その補給物資を簡単に取り出せないものにするのです。

 ダイヤル式のカギがかかっていたり、または罠を仕込むのも面白いかもしれませんね」


「なるほどぉ! そうすれば、補給物資に必死なる姿が撮れるってわけだね!

 天井から吊り下げられたバナナを取ろうとするお猿さんみたいに……キャハッ!」


「ええ。人間というのは6パーセントの水分を失うと情緒不安定になります。

 その時を狙って、補給物資を投じれば……今までにない兄者の醜態が見られるでしょうね」


「……ふぅん、スライクが死ぬなら、ミラはどうでもいいけど」


 話を現在に戻そう。

 スライクの無人島生活は、公開処刑として四つの小国で大公開されていた。


 最初のダイジェストで掴みはOKだったので、映像はいよいよ本編である、現在のスライクの生中継に入る。


『それではいよいよ、スライクの現在の様子をご覧いただこう!

 おっと、その前に……スペシャルチャーンス!

 「スライク投票」の時間がやってきたぞぉ!

 これはスライクがいま「どんな目に遭っているか」を投票できるゲームで、的中した人には賞金をプレゼント!

 中継所の各地にある投票所で、いますぐ投票しよう!』


 小国の各地には処刑の模様が見られる街頭設置の水晶板があり、その近くには投票所が併設されていた。

 投票は、すでにある項目に投票するのと、自分が新たに項目を追加して投票する、の2種類。


 このシステムが発表されたとたん、人々は投票場に殺到した。

 なにせピンポイントで当てることができたら、一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るのだ。


 四つの小国の国王は建国初日にして、国民たちの心をガッチリと掴んでいた。

 実の兄を見世物にするという、残酷なショーによって。


 投票はリアルタイムで集計され、王城の謁見台の水晶板に反映される。

 次々と上がってくる項目は、見るに耐えないものだった。


 『森に入ってモンスターに襲われて死んでいる』

 『木に登ろうとしてトゲが刺さって死んでいる』

 『絶望して入水自殺を図って死んでいる』

 『転んだ拍子に岩に頭をぶつけて死んでいる』


 国民は誰ひとりとして、スライクの生存を予想していなかった。


 しばらくして投票は締め切られる。

 いよいよ満を持して、スライクのライブ映像が公開の運びとなった。


 国民たちは誰もが心をひとつにしたかのように、無言で王城の水晶板を、街頭にある水晶板を凝視する。


『さあっ! 投票も出揃ったところで、いよいよスライクの現在の様子をお送りしよう!

 ヤツはもう、死んでいるのか……!? 死んでいるとしたら、どんな無様な死に様なのかぁーっ!?』


 煽りに煽るナレーション。

 パッ、と切り替わった、小国じゅうの水晶盤には……。


 ……にぱーっ!


 と音が聞こえてきそうなくらいの、少女の満面の笑顔が映し出されていた。


「道具もなしにこんなにたくさんのお魚を獲るだなんて、ご主人様はやっぱり天才です!

 アンコにとっての社長です! 大将です! 王様です!」

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