第5話

 俺は『果物』に続いて、生きていくために必要な『水』と『塩』を手に入れる方法を確立した。


 まだたったの3つで、ものが溢れていた頃と比べるとまだまだ物資に乏しい。

 しかし俺はなぜか、今までに感じたことのない『充足感』を味わっていた。


 その理由は、なんとなくわかった。

 目の前にいるメイドが、こんなことを言ったからだ。


「ああ……こんなにおいしいリンゴが頂けて、しかもおいしい水まで飲めて、アンコ、世界一の幸せものです……」


 アンコは『ウォータースライム』の水を浴び、メイド服を全身びしょ濡れにしたというのにウットリしている。


「大袈裟だな。果物と水なら、屋敷にもあったじゃないか」


 するとアンコは「とんでもない!」という表情になって、


「いいえ! アンコにとっては、ご主人様から頂いたものはなによりも嬉しいのです!

 ご主人様から頂けるのであれば、この浜辺の砂だって砂金になります!」


 この言葉は、俺に媚びを売ってのものではない。


 幼少の頃、おままごとに付き合って俺が泥団子を作ったことがあるんだが、アンコはそれを大喜びして食べたことがある。

 そのときはドン引きしてしまったが、ようは彼女はそれほどまでに、俺からもらえるものを喜んでくれるんだ。


 アンコはさらに熱弁を振るう。


「しかも水も果物も、ご主人様がスキルを使って、アンコにくださったものなんですよ!?

 こんなこと、初めてではないですか!

 クラスメイトの方々にずっと馬鹿にされてきたスキルが、いま、すごく役に立っているんですよ!?

 嬉しくないわけがないじゃないですか!」


 その言葉に、俺は心の深い所を突かれた気がした。


 俺のスキル『スライムフォール』は、スライムを降らすことができる。


 スライムといえば、押しも押されもせぬ最弱モンスター。

 どのくらい弱いかというと、子供の遊び道具として与えられるくらいの存在。


 そのため、空から降らせたところで何の脅威もない。


 だからずっと、『スライムフォール』は外れスキル扱いされてきた。

 『フォールズ』からはもちろんのこと、『フォールズ』でないヤツらにまで。


 このスキルの唯一の使い道は、降ってきたスライムを倒すことで、微量ながらも経験が得られるという点。

 俺は少しでもクラスの役に立ちたいと、大量のスライムを振らせ、クラスメイトたちに倒させて、安全な経験稼ぎを提供した。


 だから俺のスキルポイントの割り振りは、『数量』のスキルだけがやたらと高いんだ。


 小等部の最初の頃は、みなが低レベルだったので、それだけで喜ばれた。

 しかし学年が上がるにつれて、みなのレベルが高くなっていき、スライムを倒した程度では経験が得られなくなってしまった。


 それでも俺は低学年の者たちにスライムを提供し、自分なりに貢献してきたつもりだった。

 自分より下の者にしか相手にされない、落ちこぼれだと馬鹿にされながらも。


 その努力の結末、俺に与えられたのは……。

 無人島への『追放』……。


 俺はこの島に来て初めて、スライムを経験稼ぎ以外の行為に使った。

 果物を取り、水をつくり、生きるための活路を切り拓いた。


 初めて自分のために、そして自分のことを理解してくれている人物のために、この力を使ったんだ。

 アンコに言われるまで、そのことに気付かなかった。


 俺はいま、生きている……! 生き延びている……!

 俺の力である、『スライムフォール』で……!


 そう思うと、絶望だらけの無人島『生前地獄リビング・ヘル』が、急に輝いたものに見えはじめた。


「よし、アンコ! 生きるぞ、ふたりで!。

 この島で俺たちは、なんとしても生き延びるんだ!」


 するとアンコは、大きく頷き返してくれた。

 もとより、そのつもりでいたかのように。


「はいっ! ご主人様! アンコは地獄の果てでもついてまいります!」


 と、ふたりで決意を新たにした途端、


 ……ぐぅぅぅ~~~っ。


 と同時に腹が鳴った。


「お腹、すいちゃいましたね……」


「そういえばリンゴを食べてから、だいぶ時間が経ってるな」


 気が付くと、世界はオレンジ色に染まっていた。


 海を見やると、溶けていくような夕陽が、海面に光の道をつくっていた。

 その道端では、魚が跳ねている。


「魚か……」


 あれが獲れれば、果物に次ぐ食料になるのになぁ……。

 そう思った途端、ふとあることを思いついた。


「もしかしたら……」


 俺はひとりつぶやきながら、波打ち際に向かって歩く。

 そして魚がたくさん跳ねている海面に向かって、手をかざす。


「……フォール、クリアスライム!」


 10メートル先の上空に、夕陽が分裂したみたいな光の玉が生まれ、そのまま海面に落ちる。

 俺は手探りをするように、『コントロール』のスキルでスライムを動かす。


 あたりをしばらく泳がせたあと、俺の足元に呼び戻してみると……。

 海面から、魚を内包したスライムが現れたっ……!


 隣で見ていたアンコは、釣り人のそばにいる猫みたいに大はしゃぎ。


「す……すごいっ! すごいすごい! すごいですっ!

 スライムでお魚を捕まえるだなんて!」


「海水を『捕獲』できたから、魚も捕まえられるんじゃないかと思って試してみたんだ。

 うまくいってよかった」


「そ、そんなことを思いつくだなんて……! ご主人様は、やっぱり天才です!」


「よし、それじゃあアンコ、俺が魚を獲りまくるから、お前はスライムから魚を取りだしてくれ!」


「はいっ、ご主人様っ!」


 自信がついた俺は、今度は魚群に向かってまとめて10匹のスライムを降らす。

 泳がせて戻ってくると、10匹すべてに何らかの魚が入っていた。


「うわあ、すごいすごいすごいっ! 大漁です! 爆釣です! 宴もたけなわです!」


「よぉし、どんどんいくぞっ!」


 調子づいた俺は、今度はスライムたちを海の底まで鎮め、そこから海底をさらうように呼び戻した。

 すると、ウニやホタテやアワビが……!


「えっ……えっえっえっ……ええええーーーーっ!?!?

 高級食材が、こんなにぃぃぃぃーーーーーーっ!?!?

 お口の中が、宝石箱やぁーーーーーーーーーっ!?!?」


 アンコは興奮のあまり、よくわからないことを口走っていた。

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