第2話
ヴァイオの『メテオフォール』で気を失った俺。
気が付くと、また浜辺に打ち捨てられていた。
みんなを乗せた客船は、水平線の向こうでミニチュアのように小さくなっている。
俺は、クラスメイトたちの攻撃によってメチャクチャになった浜辺で、ガックリと膝をつく。
「マジか……。マジで俺は、『追放』されちまったのか……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
スライクが絶望に打ちひしがれているころ、豪華客船の中ではさらなる狂宴が行なわれていた。
長兄であるスライクがいなくなった弟たちは、事実上のトップとなった。
四兄弟たちは船内のダンスホールにクラスメイトたちを集め、こう宣言する。
「世界はもう、俺様たちのもんだ! 邪魔するヤツはどこにもいねぇ!
いたらこの俺様が、全部ブッ飛ばしてやるぜぇ!」
『メテオフォール』のヴァイオが、太い腕を突き上げる。
「というわけでぇ、この船はこれから、四つの小国に行くことになりまーっす!
お金をいーっぱい持ってね、キャハッ!」
『ゴールデンフォール』のミリオンが、手のなかで黄金をじゃらじゃらと弄ぶ。
「小国にはそれぞれ、我ら兄弟の名が冠されています。
あなたたちはこれから、支持したい小国で下船し、国づくりに協力するのです。
誰の元につくのがいちばん賢明なのかは、もはや言うまでもないでしょう」
『ウィズダムフォール』のジーニーが、かけている眼鏡を直しながら笑む。
「『ミラ小国』で降りないヤツは、そのまま死ねば?」
ゴミを見るような目線で、クラスメイトたちを見下ろす兄弟たち。
これから四兄弟たちは、『ヴァイオ小国』『ミリオン小国』『ジーニー小国』『ミラ小国』に別れ、指導者として競い合う。
もっとも国を栄えさせた者がストライク一族の長となり、世界を治めることになるのだ。
そこで彼らはまず、卒業旅行に同行したクラスメイトたちの誘致合戦を始めた。
クラスメイトのなかには『フォールズ』や、優秀なスキルを持つ者がいる。
将来有望な彼らを部下にすることができれば、それだけで国作りに大幅なリードが得られるからだ。
「それじゃあ、小国に着くまでパーティだ!
飲め! 歌え! 気に入らねぇ船員がいたら、好きなだけブチのめせ!
この船は最新式の魔導装置を積んでるから、誰もいなくなっても自動的に目的地に着く!
もちろん、メイドも好きにしてかまわん!」
「僕と黄金で山崩しをしたい人、こっちにおいでー! キャハッ!」
「ふっ、ヴァイオとミリオンの、なんという野蛮で即物的なやり方……。
それよりもこの私と、理想の国づくりについて話し合おうではありませんか」
「よくわかんないけど、みんなそのまま死ねば?」
兄弟たちは自分の持ち味を活かし、クラスメイトたちにアピールする。
今までであればスライクが止めていたのだが、彼がいない今、船内は無法地帯と化す。
船の中にある金品は奪われ、船員は暴力を振るわれた。
メイドたちはここぞとばかりに、率先して『フォールズ』たちに媚びを売る。
『フォールズ』たちが後の王族となるのはもはや既定路線。
そのハーレムに入ることさえできれば、今度は自分がメイドを使う立場になれるからだ。
しかしひとりだけ、この世界の常識とはかけ離れたメイドがいた。
彼女はスライクの姿が見えなくなったので、船底にある倉庫を探し回っていたのだが、とうとう見つからず、ダンスホールに戻る。
そして地獄絵図のような光景に、息を呑んでいた。
「え……ええっ!? 船のなかが、メチャクチャに……!? い、いったい何があったんですかぁ!?」
ちょうどその場に居合わせたヴァイオが、ニタリと顔を歪める。
「アンコ、そんなところにいたのか……! 俺様はずっと、お前のことを探してたんだぜぇ……!」
「そうなんですか? あの、それよりも、ご主人様のお姿がお見えにならないのですが……」
「お前は見てなかったのかよ、兄貴ならとっくの昔に『追放』したぜ……!」
バッ! とホールの壁に掛けてある巨大な水晶板を指さすヴァイオ。
魔導モニターと呼ばれるそれは、浜辺でうなだれるスライクの姿を映し出していた。
モニターの隅には『ライブ映像』と文字が浮かび上がっている。
アンコと呼ばれたメイドは、主人の変わり果てた姿を目撃し、心臓が止まらんばかりに仰天していた。
「ご、ご主人様を、追放……!? ヴァイオ様っ、な、なんてことをなさるのですかっ!?」
「うるせえっ! 兄貴みてぇなことを抜かすんじゃねぇ!
兄貴がいない今、俺様がお前のご主人様だっ!
さぁっ、大人しく、俺様の女になりなっ!」
自分の半分くらいしかない小柄な少女に向かって、手を伸ばすヴァイオ。
しかしアンコは怯える子猫のように、ピャッと身を退く。
「アンコのご主人様は、スライク様だけですっ!」
「へへ……! アイツはもう助からねぇ! なんたって無人島に置き去りにしてやったんだからな!」
ヴァイオはさらに顔を歪めながら、魔導モニターとは反対側の壁を示す。
そこは、一面ガラス張りのオーシャンビュー。
遠景に、豆粒のようになった『
「なっ……なんてことを……!」
まだ幼い少女メイドは、絶望を露わにする。
普通のメイドなら、ここでみっつのリアクションに分かれることだろう。
観念してヴァイオの手に落ちるか、手のひらを返してヴァイオに乗り換えるか、悲しい現実を受け入れられずに泣き崩れるか。
しかしアンコは前述のとおり、この世界の常識とはかけ離れたメイドであった。
彼女がとった行動は、なんと……!
「ヴァイオ様! 誠に勝手ながらこのアンコ、たった今よりお暇をいただきます!」
何の躊躇もなく、窓に向かってダッシュ。
そして、クロスさせた腕で顔を覆いながら、
「ご主人様っ! いま、まいりますぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
……ドガッシャァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
窓をブチ破り、大海原に向かってダイブしたのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
遠く離れた船で、そんな大立ち回りが行なわれているとも知らず、俺はさらなる絶望に打ちひしがれていた。
着ている作業服をまさぐってみても、砂しか出てこない。
ということは、所持品が全くないということだ。
俺にあるのはこの身体と、『スライムフォール』のスキルのみ。
それでもなんとか生きる術を求め、砂浜の奥にある森に入ろうとした。
しかし森のまわりはトゲの飛び出た木に覆われているうえに、中には獣のような眼が光っているのが見える。
うろついた浜辺には、無数の骸骨が転がっていた。
この島は『
森の中には果物のある木が見えるのだが、中に入るときっと大怪我をする。
かつてこの島に送られた罪人たちは、果物という食べ物があるのに食べられず、海の水も飲めないまま死んでいったのだろう。
俺もそんなふうに、生き地獄を味わいながら死ぬのか……?
そんな考えに支配され、俺は骨だらけの浜辺を、亡者のようにフラフラと彷徨う。
しかしふと、波打ち際にメイド服の少女が倒れているのを発見した。
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