第4話 にゃんことの初めての夜
「おやすみ~」
そう言って風呂上りのお母さんは寝室に戻っていった。
お父さんもすでに寝てるから、リビングは俺とねねしかいない。
はっきり言って気まずい。
千奈美以外の女の子と二人きりになったことがないから。
「風呂、先にどうぞ」
「あっ! 私の残り湯で変なことするつもりでしょう!」
「しねぇよ」
バカなの?
「……しないの?」
ねねの耳が少し垂れてきて、しょんぼりしている。
どうしてほしいんだよ。
「なんもしないから、安心して風呂に入ってきて」
「……はい」
だからなんで落ち込む?
「ねえ」
「なに?」
「夫婦って一緒に風呂に入るもんじゃないの?」
「さすがに息子がいるのに、お母さんとお父さんも堂々とそんなことできないだろう?」
「いや、お母さまたちの話じゃなくて、私たちのこと」
そっち?
「夫婦じゃないので、遠慮させていただきます」
「またそんなこという~」
ねねは不満そうに唇を尖らせた。
俺は国家権力に屈するつもりはない。そういうつもりはないが、もう婚姻届は受理されてるんだよね。
これで俺の意思と関係なく、俺も既婚者になった。
隠そう。死ぬ気で隠そう。絶対に千奈美に知られちゃいけない。
って、千奈美に振られてるから隠しても意味ないか……
千奈美が知ったら、嫉妬……してくれるかな。
「なにしてるんだ?」
「え? 旦那さんは風呂に入るときに服脱がないの?」
「違う。そういうことじゃない。なぜ俺の前で脱ぐんだって聞いてんの」
「据え膳?」
「あほか! 脱衣場で脱げ!」
思わずまた声を荒げてしまった。
普段あんまり感情を表に出さない俺としては、珍しくそれをむき出しにしている。
待って? それってなに?
ねねが捲し上げたワンピースの後ろからもふもふな何かが出てきた。
しっぽ? しっぽなの!?
間違いない。ねねのしっぽだ。
触りたい……
待て! 落ち着け、俺!
もし触りでもしたら、どうなるか容易に想像がつく。
絶対、ねねに既成事実にされてしまうだろう。
そうすれば、ますます状況が悪化する。
でも触りたい……
「どうしたの? 旦那さん」
「なんもないから。早く風呂入ってきて」
俺が挙動不審になっているのに気づいたのか、ねねは不思議そうに聞いてきた。
これ以上疑われないように、俺はねねに早く風呂に入るように促した。
俺に促されて、ねねは嫌々風呂場に入っていった。
危なかった……なんて破壊力だ。ねねのしっぽは白い上に毛並みが整っていて、ツヤツヤしていた
風呂場に向かっているねねの後ろから、そのしっぽは強く俺に自分の存在を主張してきた。
一度ワンピースからはみ出たせいか、ねねはワンピースの裾を下ろしても、しっぽはそのままワンピースの下から顔をのぞかせて、ゆらりと揺れている。
まるで俺に「触ってごらん? 気持ちいいよ?」と話しかけてくれてるみたいだ。
正直、後ろからねねを押し倒して、しっぽに顔を擦り付けたい。この衝動を抑えるのに、俺は血が出るくらいこぶしを握り締めていた。
親には内緒だけど、俺はかなり動物が好きだ。とくにもふもふなのが。休みの日はよく動物園のふれあいコーナーでうさぎとかに顔をくっつけて、もふもふな感触を味わっていた。
もちろん、これを他人に知られるのは俺のプライドが許さない。これでも男だから、かわいいものを好きなのは恥ずかしい。
「きもちぃかった~」
俺は目の前のねねを凝視していた。瞳孔は多分大きく開いてるだろう。
もちろん、見とれたわけではない。呆れたからだ。
ねねは服を着ずに、バスタオルだけを体に巻いてる。そして、しっぽをブルブルさせていて、十分に乾いていないせいか、俺に水滴が飛んできたりする。
よく見てみたら、髪と耳の毛も乾いてない。
「乾かして~」
「はい?」
「ドライヤー持ってきたから乾かして~」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「旦那さんに髪を乾かしてもらうのは夢だったんだ~」
「……」
俺は仕方なく、ドライヤーを手に取った。
ねねはさりげなくちょこんと俺の股の間に座ってきた。
濡れたままのしっぽが俺らの間に挟まって、もふもふでひんやりとしていて気持ちよかった。
「旦那さんあったかい~」
なんか顔が熱い。熱でも出たのかな。
あくまで仕方なくだから。別にしっぽに触れたいなんて思ってるわけじゃないから。
「じゃ、乾かすね」
「はーい」
ぶふぉ~
「きゃっ!」
ドライヤーを起動したら、ねねはびくっと跳ねた。
「どうした?」
「ドライヤーの音怖い!」
ほんとに猫みたいだね。
怖いのに、よく俺に乾かしてってドライヤーを持ってきたもんだ。
「我慢して。でないと乾かせないだろう」
「ううっ」
ねねは軽く唸ってあきらめたように俯いた。
てか、いろんなとこが当たってる。
ぶふぉ~
「いや! やっぱむり! 怖い!」
ドライヤーのスイッチを再び入れたら、ねねはぴょんと跳ねあがった。
身を包んでいたバスタオルがはだけて、ねねの裸体はくっきりと見えた。
くびれた腰に小ぶりのお尻。そして白くて弾力のある胸。
「早くバスタオルを巻きなおして?」
「いやん、旦那さんのえっち~」
えっちもなにも自分がやったんだろう。
「まあ、見えたから言い訳はしないけど」
「いさぎよい!?」
「そんなに驚くことなのか?」
「旦那さんってほんとに男?」
「お前、失礼だな」
そりゃ、千奈美の裸を見たら鼻血が出る自信はあるよ?
「出た! 結婚したとたん、妻をお前呼びする男! 付き合ってた頃はやさしく名前で呼んでくれてたのにな」
「ねねと付き合っていた記憶はないのだが」
「ひどい~ 私との思い出は大切じゃなかったんだ……」
「ウソ泣きはやめろ」
「えへへ、ばれちゃったか?」
そう言って、ねねはペロを出して、右手で軽く自分の頭を叩いた。
あざとい。
「それよりいいの?」
「なにが?」
「髪としっぽを乾かさなくても? 今なら乾かしてあげてもいいよ」
「えっ?」
「どうしたの?」
「……旦那さんが優しい」
「濡れたままだと髪痛むし、最悪風邪ひいちゃう可能性もあるからな」
そう、決してしっぽの感触をもう一度確かめたいからじゃないんだ、断じて。
にしても、認めたくはないけど、ねねが俺の股の間に座った瞬間、不覚にも少しドキドキしてしまった。
「大丈夫だよ、いつもこんな感じだし」
「こんな感じって?」
「いつも自然乾燥してるんだよ~」
ねねはぐるっと一周して水滴を四方八方に飛ばした。おかげで、俺のTシャツも湿ってきた。
「……じゃ、なぜドライヤーを持ってきた?」
「せっかく結婚したから、旦那さんに乾かしてほしかったけど、やはりドライヤーの音はダメだった……」
「ほんとに猫みたいだな」
「失礼な!」
ねねは耳をピンと立たせて、俺をにらみつけてくる。
どうやら、にゃんこ星人は猫みたいだって言われるのは嫌らしい。
そのあと、ねねはタオルで髪としっぽの水分をゆっくりと拭き取っていた。俺はその間、湯舟に浸かって、疲れを癒していた。
そう言えば、俺って失恋中だったね。
ねねがあんまりにも騒がしいから、つい忘れてしまった。
でも、少し元気が出たかも。
「旦那さん、おいで~」
ここはほんとに俺の部屋か?
部屋に入ったら、俺は目を疑った。ところどころにピンク色の小物が置いてある。
そして、ベッドの上に女の子が横たわっていて、俺のほうに手を伸ばしているこの状況に違和感を覚えずにはいられなかった。
「床で寝る」
「そんな!」
「おやすみ」
「いやいや、私奥さんだよ?」
「そうなってるらしいね」
「らしいって……嫁さんがベッドの上にいるのになんとも思わないの?」
「奥さんか嫁さん、どちらかに統一してほしいな」
「バリエーションが多くて面白いじゃん? ってそうじゃなくて、ほんとに床で寝るの?」
「うん」
俺は睡魔に逆らえず、床に客人用の布団を敷いたとたん、死んだように眠っていった。
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