「……私、鈴木さんが天瀬さんとロビーで話している場面に出くわしてしまって、その……話を……観葉植物の陰で聞いてしまいました。それでショックで……今はとても辛くて、鈴木さんに会えないって思って逃げ出しました」
「はぁっ!?何だよ、それは。俺と光彦の話を聞いたくらいで、会えないとか、逃げ出すとか変だろ」
前を向いていた鈴木さんは、急に私の方を見て声を荒らげた。
呆れているのか、怒っているのか……。
こちらを見られると、車内は狭い空間で、こんなに近い距離で話していたんだなと気づいてしまった。
イケメンな鈴木さんが……近くに……。
今まで無いこの緊張感に、この密室。
私の精神的限界が近付いていた……。
「……ショックだったんです。鈴木さんが私の事を嫌いだって知ったから。社内では泣かないつもりだったのに、泣いてしまう程……辛かったんです」
泣いた?
何があっても動じない……佐藤が?
「嫌いだと!?俺は佐藤を嫌いだなんて言ったことはない。いつそんな話をしたんだ?お前の勘違いだろ」
記憶に無いし、言うわけがない。
何故なら、俺は……佐藤の事を……。
「今日です!昼の休憩終わりくらいに、2階のロビーでした。そこで鈴木さんは、天瀬さんに『私を任せる、私を幸せにしろ』とか言っていました」
……何!?
はぁ……あれを聞かれていたのかよ。
あの場面に佐藤がいただなんて、普通は思わないだろ。
だから……松川主任が来て、俺達の話を止めたんだ。
それで佐藤はショックで泣いてしまって……。
待てよ。
佐藤がショックを受けた……?
俺の言葉が原因で?
「佐藤、それはお前の勘違いだ。よく聞け、俺は……佐藤、お前が、好きだ。その……ライクの好きではなく、ラブな方だぞ?」
「ラブ……」
ラブって……犬種のラブラドールではなく、愛するという意味もある……よね。
ちょっと待って。
落ち着いて聞いていたけど、LOVE!?
わ、鈴木さんが……私にLOVE!?
「そうだ。佐藤が天瀬を好きだと思っていたから、俺は……身を引いて、天瀬にお前を託すしか無かったんだ。」
それって……もしかして、鈴木さんは、私の事を?
まずい、心臓がドキドキして、変な汗が出てきたかも……。
「私、天瀬さんを好きだなんて1度も言ったことはないです。そりゃ、王子様だし、優しいし、素敵な人で、誰もが好きになる人物ではありますけど。でも……何故か私は……鈴木さんの事が……」
「俺の事が……何だ?」
「その……ですね」
フッ……。
こんな状況なのに、楽しんでいる俺。
佐藤の気持ちを知った俺は、さっきまでどん底にいたのに、今は最高潮。
佐藤で楽しむ余裕まで出てきている。
早く佐藤の口から、言葉を聞きたくて、でも……焦らされている俺。
あぁ、佐藤……可愛いな。
ずっと見ていても飽きない。
可愛すぎるうさぎが、狼の前に来るとこんな気持ちになるのだろうか。
「佐藤、ほら……言ってみろ。お前、俺に言わせておいて、自分は言わないつもりか?そっか……俺の事は好きじゃ無いんだな……」
「ち、違います!鈴木さんの事、嫌いじゃありません!」
「そうか、それなら……何だ?」
佐藤は俺の言葉に驚き、顔を上げた。
頬はほんのり赤くなっていて、瞳が潤んでいる。
「す……好きです!大好きです!」
はぁ……俺って紳士だよな。
佐藤に嫌われたくなくて、野生の本能と戦っている、紳士の俺。
佐藤、他の男だったら間違いなく襲っているからな?
コンコンコン……。
「おい、そろそろ出てこいよ。太郎、まさかこんな場所でナニを始めようとしているじゃないだろうな?」
……良いところで、邪魔が入ったか。
まるで見ていたかのように晃生が現れるなんて、タイミング良すぎだろ。
「煩い、今から行くよ。佐藤、お前も行くぞ……?」
佐藤……?
このタイミングで寝たのか?
いや、気を失ってる……!?
「あ、はるちゃん……どうした?お前……俺のはるちゃんに無理矢理ナニしたのか!?この変態男!」
「馬鹿か。俺はお前と違うんだよ!おい、佐藤、しっかりしろ!」
とにかく、佐藤を松川主任の家に運ぼう。
俺は助手席側に行き佐藤を抱えると、家の中へと駆け込んでいった。
「……春子にはショックが強すぎたのよ」
……あれ、ここは?
向こうの部屋から千夏の声が聞こえるけど、まだ松川主任の家かな。
「そうだな。俺がついていながら、申し訳無いことをしてしまった……」
やっぱり主任の家だ。
でも、私……鈴木さんの車にいたのに、何故ベットに寝かされていたの?
「主任のせいでは無いです。俺が……悪いんですから」
「そうだぞ、お前がさっさとはるちゃんをモノにしないから、こんな事になったんだからな」
あっ、鈴木さんとあきさんの声がする。
そうか、私……告白した後に車窓から見えたあきさんと目が合って、驚きと恥ずかしさで緊張状態がMAXになり、目の前が真っ暗になったんだ……。
カチャ……。
「あっ、春子。良かった、起きたのね。太郎さんがぐったりしている春子を抱えてきたから驚いたよ。もう大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。愛ちゃん、心配かけてごめんね。私、皆に謝らなくちゃ……」
「すごく心配したけど、春子が無事だったんだから良いよ」
愛ちゃんはそう言ってくれたけど、沢山の迷惑と心配と……そうしたくないのに、裏目に出てばかり。
きっと怒られるだろうけど、皆に謝りたい。
私はすぐにでも皆がいるリビングへ行こうと思い、ベッドから降りた。
「春子、起きちゃだめだよ。呼んでくるから、ここで待ってて」
愛ちゃんが私を制止して、部屋から出ていってしまった。
愛ちゃんが出ていって数十秒後、千夏が勢いよく部屋に飛び込んできた。
その後に、鈴木さん、松川主任、あきさんが目覚めた私を見てホッとしていた……。
「春子!あぁ、目覚めてくれて良かった~。全く、心配させ過ぎ」
「……千夏、ごめんね」
「春子、千夏によーく謝っておけよ?倒れたのは、俺達が情けないからだと責められたんだからな」
「え……松川主任達のせいじゃ無いよ」
「春子が出ていったのを気付かずに、談笑していたんだよ?そりゃ、全責任は無いとしても、少しは責任あるでしょ!」
千夏は、そうとうお怒りだったらしい。
あぁ……私が勝手なことをしたから、こうなったのに。
「千夏、本当にごめんなさい。でも、私がいけないの。鈴木さんに会いたくなくて逃げ出したから……」
「太郎は逃げ出される程、はるちゃんに嫌われていたのか。お前、残念だったな」
あきさんが、可哀想に……と鈴木さんの肩をぽんっと叩いた。
鈴木さんは、何も言わずに私を見ている。
「あきさん、違うんです。そうではなくて、全て私の誤解だったんです」
「誤解?」
「そうだ。俺達は、互いに誤解していたんだ。佐藤と俺は両想いだったんだよ」
「私は最初から気付いていたわよ」
……鈴木さんの口から両想いだなんて言われると恥ずかしい。
あきさんは、驚いて私と鈴木さんを交互に見ていたけれど、千夏は呆れていた。
「これでやっと、春子と太郎の元に春が来たな」
「春子、おめでとう」
「ありがとう」
今まで縁遠くて、時には羨ましくも思っていた両想いというワード。
とうとう……地味女の私にも、春がやって来ました!
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