「その顔は思い出してくれたみたいだね、良かった。お気に入りの君に忘れられたのかと思って、少し悲しくなっちゃったよ」
「お気に入り!?まさか、春子……この男に何かされたの!?」
「全然、何もされていないって!ただ、合コンでいただけだし、話もほとんどしていないから……」
「はるさん、そんな言い方するなんて淋しいなぁ……。俺、君にいっぱいアピールしただろ?」
「はぁ……」
あぁ……あきさんが誤解を招くことを言うから、千夏が怒っちゃったよ。
それを見て、あきさんは面白そうにしているし。
アピールなんてされた覚えは全く無いのに、絶対からかって遊んでるとしか思えないよ……。
「篠原社長、春子と千夏で遊ぶのはもうそのくらいで……」
「松川主任、俺は本気ですよ?からかって遊んだのは可愛い子だからですし、はるさんは俺のタイプなんで」
「えっ……!?」
「春子、こいつに近寄っちゃダメだからね?全く、あの男がモタモタしているから、こんな変なのが来ちゃったじゃない!」
タイプなんでって、そんな事言われても困るよ……。
急に私の両手を握ろうとしてきて、千夏が全力で阻止してくれた。
千夏はますます怒っちゃうし、松川主任はため息吐くし、どうしたら良いんだろう。
ピンポーン……。
「あの、貴之さん……」
「何だ?」
「外に太郎さんが来たみたいです」
「太郎が?事前に連絡は来ていなから、仕事で何かあった訳じゃないな……」
「やっと着いたか。俺が呼んだんです。アイツ、すぐに来いって言ったのに何分かかってるんだよ……」
鈴木さんを呼んだの!?
私……今は鈴木さんに会えないよ。
顔なんて見たら、あの時の事を思い出して泣いちゃいそうだもの。
「愛ちゃん、私……御手洗い借りるね」
「うん」
ここはどうにかして逃げなくちゃ。
とりあえず、この場から出ていこう。
御手洗いに入って、頃合いを見て玄関から逃げ出すんだ。
パタン……。
「ふぅ……どうにか顔を合わせないで済んだかも」
私が御手洗いのドアを閉める頃、鈴木さんは玄関からリビングに上がっていった。
見ていないのに、どうして分かったかというと……ドアに耳をつけて、外の音を聞いていたから。
はぁ……情けないな。
勇気をもらったばかりなのに、こんな事しちゃって。
また逃げ出す事考えているし。
逃げるのだけは嫌いで、そんな事をする人を信じられないと呆れて見ていたのに。
ここ数ヶ月の私は、今までの私じゃなくなっている。
地味女でも他は気にすること無く、しっかりと立って生きてきたのに……。
RRRRR……。
光彦とフロアで別れたあと、電話がかかってきた。
ディスプレイを見ると、幼馴染みの晃生だった。
「もしもし、今……仕事中なんだけど」
「もしもし、太郎?俺さ、この間……お前の上司の松川主任と知り合いになったんだけど、夕飯食べないか?って家に招待されたんだよ。で、今からお前も来ない?」
「お前が招待されたのに、俺が行ったら変だろ?嫌だよ」
俺、仕事中なんだけどって言ったよな?
無視して話を進めるなって。
「冷たい奴だな、お前に言われて合コン行ってやっただろ?貸した借りを返せって」
「……わかったよ。じゃ、今から向かうから」
晃生に借りを作ったのが間違いだったか。
俺は仕方なく仕事を切り上げ、松川主任の家に向かうことにした。
「……手ぶらじゃまずいか」
いくら晃生に無理矢理誘われたとはいえ、上司の家を訪ねるのに何も持たずには行けないな。
アルコールといきたいところだが、明日も仕事だしな……奥さんが食べられる茶菓子でも買っていくか。
俺は手土産でも使っている老舗の煎餅屋に立ち寄り、可愛らしく包まれているものをいくつか選んで箱に詰めてもらうと、松川家まで車を走らせた。
ピンポーン……。
松川家に着くと、チャイムを鳴らした。
……返事が無い。
留守……じゃないよな?
駐車場に松川主任の車もあるし、家の前に晃生の車が駐車されていた。
『遅いぞ~!』
……晃生、主より先に出るなよ。
晃生に振り回されそうな予感しか無い。
はぁ、帰りたくなってきた。
ガチャ……。
「太郎さん、どうぞ。お待ちになっていますよ」
「ありがとうございます、お邪魔します」
松川主任の奥さんが玄関のドアを開け、笑顔で俺を迎えてくれた。
もし晃生だったら、そのまま苦情を言って帰っていただろうな。
俺は玄関でゆっくりと靴を脱ぐと、リビングへと向かった。
上がる直前、玄関にあった靴の数が妙に気になった……。
晃生だけの筈なのに、女物の靴が2足もあったという違和感。
主任の客……ではないだろうし、奥さんの客だったら誰だろう……と考えていた。
「こんばんは。主任お疲れ様です。突然すみません、晃生に呼ばれて来てしまいました」
「遠慮するな、太郎の分もあるぞ」
「ありがとうございます」
リビングに入ると女性がいるかと思ったのに、晃生と松川主任だけだった。
奥さんは、夕飯を作る為にキッチンへいってしまった。
「太郎、何をしているんだ?早く座れよ」
「あぁ……」
他の女性も、キッチンにいるのだろうか……。
誰が来ているのかが気になり、何故だか落ち着かなかった。
「どうした?珍しく挙動不審だが、何かあったのか?」
「あぁ……ちょっとな」
「太郎、疲れてるのか?様子が変だぞ」
「いえ、大丈夫です」
晃生にそう言われたが、女性の客が誰なのかなんて正直に聞ける筈がない。
松川主任まで、俺の行動を怪しんでいた。
もし、来ているのがアイツだったら……。
そういえば、デートに誘うって言っていたし違うな。
俺は何を期待していたんだか。
馬鹿だな……俺は。
アイツがいないと理解したのに、やっぱり落ち着かない。
アイツは、光彦の元にいってしまったんだ。
それなのに俺は……会えることを期待しているなんて、痛すぎだろ。
「すみません、ちょっと外の風にあたってきます」
「……あぁ、わかった」
このままではだめだと、気分転換をしたいと外へ出た。
しかし……この季節の夜風は、弱った俺の心にはとても冷たく感じ、ますます気分は下降していった……。
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