「ね、聞いて聞いて!今、信じられないもの見たんだけど。王子と地味女が……楽しそうにエレベーターから出てきたの!」


「嘘!?見間違いじゃなくて!?」


「私が王子を見間違える筈がないでしょ!」


「すごいショックなんですけど……。何故、あんな地味女なのよ!」


「きっと、あの女が媚薬で盛ったのよ。そうに違いないわ!」


……すごい話になっているな。

後半は作り話だとしても、光彦と佐藤が楽しそうに出てきたのは事実だろ。

そうか、アイツ等……うまくいったんだな。

俺の気持ち、早く整理しないとな……。





「よっ、元気か?こんな場所で立ち聞きか?らしくないね」


「松川主任、人聞き悪いですよ?偶然ですから」


通りかかってアイツの話題が出てきたから、つい立ち止まって聞いただけだろ……。

それにしても、今の俺の心理状態を知っているみたいにからかってくるよな。


「そうか?それじゃ、そういうことにしておいてやるよ」


「……だから、違いますって」


「はいはい、わかったよ。じゃ、先に戻るぞ~」


……わかってない。

松川主任、言いたいことだけ言って、さっさと居なくなるし。


はぁ……仕事するか。



「お先に失礼します」


「お疲れ~」


終業のチャイムが鳴り、真っ先に立ち上がっていた品川さんが真面目に仕事を続けている。

珍しい光景だなと思いつつ、本気で逆玉狙いにいっているんだ……と、苦笑してしまった。

その品川さんの集中力を維持してもらう為、なるべく音を立てないように荷物を持って事務所を出た。


あ、そうだ……。

今日は愛ちゃんの家で夕飯をご馳走になるから、手土産持っていかなくちゃ。

途中で可愛らしいデザートを買っていこうかな。

私はウキウキしつつ、軽い足取りで更衣室へと向かうのでした。



「アイツ……浮かれすぎだろ」


「そうかな?可愛い笑顔だったね」


偶然3階のフロアに来ていた俺は、佐藤が事務所から出てくる姿を目撃してしまった。

しかも、光彦と一緒に……。

佐藤とうまくいっているからか、光彦は余裕の発言。

確かに、可愛い笑顔に見えていた。

だが、俺はそれをさせたのが光彦だという事実を知っているから、心中穏やかではない。

すごくムカムカしているし、余裕ぶった発言すら出来る状況ではなかった。



「太郎、君も素直になれば良いのに。のんびりしていると、俺がもらうからね?」


「は?それ、どういう意味だよ」


「そのままの意味だけど?あ、そうだ。今夜、彼女をデートに誘おうかな。じゃ、また明日」


……何だよ。

どこまでも余裕な発言は。

アイツをデートに誘うなら、俺に言わずに黙って誘えば良いだろ。

アイツと相思相愛で、すでに付き合っているんだろ?


まさか、自慢か?

光彦、お前まで俺に浮かれた姿を見せるなよ。


あぁ~、腹が立つ。

どいつもこいつも、俺の心の傷に塩を塗って楽しむんじゃない!



「春子、お待たせ。ごめんね、今日に限って忙しくて」


「ううん、私も今来た所だから平気だよ」


受付は終業のチャイムが鳴ったとしても、来客があると終われないの知っているし。


「今から愛の手料理を食べに行くんでしょ?」


「そうなの。松川主任に招待されたんだ」


15時の休憩の合間に、千夏にラインを送っておいたの。

バタバタしていて、なかなか会えなかったし。

もちろん、愛ちゃんにも『お邪魔します』って入れておいた。


「そっか。それじゃ、いつものお店でデザート買ってから行こ」


「うん」


綺麗な色のゼリーか、生クリームたっぷりのロールケーキか。

それとも……フルーツタルト?

悩むなぁ……。



「あ、ごめん……忘れ物しちゃった。先に買い物しててくれる?すぐに追い付くから」


「わかった。ゆっくり行くから、気を付けてきてね」


「了解」


いつものお店……とは、愛ちゃんが特にお気に入りのスイーツ店。

会社から歩いて10分くらいの所にある。

可愛らしいデザインや綺麗な色、そして美味しいフルーツタルト等のスイーツが沢山あるので、目で楽しんで、味でも楽しめる素敵なお店。

愛ちゃんがまだ私達と働いていた頃は、そのお店のカフェスペースで一緒にお茶したりしていた。



会社を出て、そのお店へとゆっくり歩く。

あまり早く歩いちゃうと、千夏が追い付く前に買い物終えちゃいそうだし。

でも千夏の事だから、多分……お付きの車で来ると思うけれど……念の為ね。


今日は嫌な事があったけれど、松川主任や秀さんのお陰で元気が出てきた。


そういえば、秀さん……疲れた感じだったな。

年齢も年齢だし(確か70近いって言ってた)、清掃業者の仕事は体力必須だしね、きついのかな……。

今度会ったら、おやつにどうぞって甘いものでもあげよう。

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