「佐藤さん、遅くなってごめんなさい。仕事がなかなか終わらなくて」


「いえ、大丈夫ですよ。天瀬さんがお忙しいのは、知っていますから」


天瀬さんは急いできてくれたみたい。

いつもきちんとしている前髪が、少し乱れていたから。


「そっか、ありがとう。佐藤さんに知っていてもらえるなんて、嬉しいな」


「だって、同じ部署ですよ?知らない方が変です」


まぁ……自分以外には興味が無い品川さんは知らないだろうけど。

あっ、松山さんならどんな些細な事でも知っていそう!

だって、常にイケメンの行動はチェックしているし、天瀬さんはこの会社の息子さんだから……要チェック人物だもんね。



でも……前に松山さんを見て『彼女は苦手なタイプなんだ』って。

美人なのにどうしてですか?って聞いたら、『裏表激しそうだよね』と苦笑していたっけ。

それを聞いて、部署に入ったばかりなのに見抜かれてるよ……と、私も一緒に苦笑してしまった。


「佐藤さん、あのベンチに座らない?」


「あ、はい」


私達は人目を避けるかのように、奥まった場所のベンチへ座った。

回想シーンから急に現実に戻された私は、突如として襲ってきた緊張で目眩がしそうだった。



「佐藤さん、突然時間をもらってごめんなさい。貴女にどうしても話したい事があるんです」


「……はい」


天瀬さんの声が、いつもと違って聞こえている。

緊張しているのか、それとも高揚しているのか……。

私は私で、天瀬さんが何を言ってくるか、どう答えたら良いのか……等、思考回路がフル回転中。

そして、周りに誰もいないのに辺りを気にしたり……どうにも落ち着かなかった。



「佐藤さん、誰か好きな人がいますか?それか、誰かと付き合っているとか……」


「……気になっている人はいます」


好きか……と言われれば、イエスだ。

だけど、これは私の片想い。

数時間前に、間接的にフラれたし。

泣いてしまうほど……好きだった。

だから、好きな気持ちは心の奥底に押し込んだ状態のまま。

平気なフリをしているけれど、本当は失恋で心に大きな傷を受けてフラフラな私だった。



「そうですか。それは、私が知っている人……?」


「知っていると思います」


はい、良く知っている人です。

そうとは言えず彼と天瀬さんの事を思い、あえて曖昧な形で伝えてしまった。


「私の入る余地は……ありますか?」


「……わかりません。今は……心の整理がつかなくて。だから、私は……天瀬さんのお気持ちに……」


「待って下さい、それ以上は言わないで。私は、貴女が幸せになるなら身を引きます。でも、そうでないならば諦めません。その男から、心ごと貴女を奪います」



お気持ちにお応えすることが出来ないのです。

そう言いたいのに、言葉が詰まって出て来なかった。

それなのに、天瀬さんは相手が誰なのかと問い詰めることもせず、私への想いをぶつけてくれた。


なんて……良い人なんだろう。

こんなに私を想ってくれるなんて。

心に深傷を負っている私は、天瀬さんとなら幸せになれるかもしれない……と、心がぐらついてしまいそうだった。



「天瀬さん、私の外見が変わったからそんな事を言っているんでしょ?元の姿に戻ったら、きっと……そんな気持ちは無くなりますよ」


毎日頑張っていた化粧や身支度は、見てもらう理由が無くなったし、無意味になってしまったもの。

元の地味女になれば、誰からも注目されなくなるし、あの松山さんだって……私を敵視する事も無くなる筈だし。


「私は貴女に会った瞬間から、好きになって……その気持ちは今も変わりません。外見を変えたのは、好きな彼の為ですよね?だから、私は焦ったのかもしれません。本当は、こんな形で伝える筈じゃ無かった。もっとムードがある場所で告白したかったのです。ハハハ……格好悪いですよね」


天瀬さんは、笑っていた。

今の私と同じ気持ちなのに……失恋して泣きたい筈なのに。

私は申し訳無くて、でも……何て言っていいか、初経験の私には無言で隣にいるしかなかった。



「佐藤さん、そんな顔をしないで下さい。私は困らせるつもりはありませんから。でも、私は『ロールキャベツ男子』ですから、気を付けてくださいね?外は草食系で、中身は肉食系です。いつでもチャンスは狙っていますよ」


「えっ!?」


天瀬さんからそんな言葉が出てくるとは。

普段から上品で、他の男性とは違っていて紳士で、育ちが違うってこんな感じなのね……なんて感心していたのに。

特別な世界の人ではなく、同じ世代にいる男性と同じで。

私は、全く天瀬さんという人を見ていなかった。

他の女性達と一緒で外見だけで判断していたし、王子と呼ばれているから、他の人とは違うんだと思い込んでいた……。



「さてと、話はここまでで。お昼を食べましょう。時間無くなりますよ?」


「は、はい!」


天瀬さんはさっきとは違い、いつもの優しい表情に戻っていた。

そして、『こんな私ですが、嫌わないでください。変わらず、これからもよろしくお願いします』と……笑顔で私を見ていた。


優しい天瀬さん、何故私なのですか?

私は地味女で、貴方に好かれる価値がある女だとは思えないのに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る