春が来た、何処にきた? 前編
「そんな事があったのね……」
「うん」
10時の休憩時間、私は千夏に昨日あった出来事を簡潔に話していた。
勿論、回りに誰もいない秘密の非常階段で。
天瀬さんが夕飯に誘ってくれたのに、あの事故で逃げ出してしまったこと。
そのショックで泣き出してしまい、会社付近を歩いていたこと。
そして、鈴木さんに見つかって、送ってくれて……介抱までさせてしまったこと。
「まぁ、鈴木さんは置いといても……問題は王子よね。昼に会うんでしょ?」
「うん。そうなの……」
何の話かはある程度予想は出来る。
昨日の夜、あの……事故でしてしまったキス。
それを謝る為だと思うの。
「ね、単刀直入に聞くけど……どっちが好きなの?」
「何が?」
どっちと言われても。
今の話の中に、選択肢なんてあった?
「はぁ、鈍感な春子に回りくどい聞き方をした私が悪かった。白王子と、黒王子のどっちが好きなの?」
白王子と黒王子?
白は、天瀬さんで……黒は、ブラックな王子。
も、もしかして、鈴木さんの事!?
「す、す、好きって!私は……その」
そんな事、ここで聞かなくても!
「今さら恥ずかしがっても遅いでしょ。で、どっちなの?」
「まだ……良くわからないの」
小説とか漫画とかドラマとかなら展開が読めるし、主人公の気持ちもわかるけれど、自分の事となると……難しい。
「ふぅん、そっか……良くわかった。じゃ、私からアドバイスね。気がない相手の場合は、はっきり断ること。相手の方が好意を持っているのに、誘いを断らないのは、期待させちゃうって事なんだからね?」
「はい」
「それと、もし……気になる相手なら、積極的にいくこと。良く知れば、相手が見えてくるものよ」
「……うん」
千夏に話したお陰で、少しだけ……自分の気持ちが見えてきたかもしれない。
私には、気になる人がいるという事が。
でも……千夏、良くわかったって、何がわかったの?
「それじゃ、またね。帰り待ってるから」
「うん、またね。千夏……ありがとう」
「気にしないで。それより、頑張って」
「うん」
私は千夏から勇気をもらうと、自分の部署へと向かった。
しかし、途中……用事を思い出し、営業部へ立ち寄る為に、フロアを突き進んでいた。
その時、私は鈴木さんと天瀬さんが柱の影で立ち話をしている姿を見付けた。
気にせずに通りすぎようとしたが、私の名前が聞こえた気がして、何故か近くの観葉植物の影に隠れてしまった……。
「太郎、私は……佐藤春子さんが好きだ。昨夜、彼女を夕飯に誘って、キスをした」
「何!?」
「太郎は、彼女をどう思っているんだ?ライバルとして、本心を聞きたい」
「俺は……」
鈴木さんは、答えに迷っていた。
どんな答えでも、今は聞きたくない。
もし、知ってしまったら……私はどう対応していいかわからない。
あぁ、何故私はここに隠れているのだろうか。
もし数分前に戻れたならば、すぐに引き返させるのに……。
「そこのお2人さん、こんな場所で立ち話はいけないな。他の誰かに聞かれたらどうする?」
「松川主任!?今の……」
「しっかり聞こえたぞ。俺の大事な春子の事だからな」
「申し訳ありません……。私が太郎を呼び止めてしまいました」
ナイスなタイミングで登場してくれて良かった!
でも、俺の大事なって……。
そっか、私を妹みたいに思ってくれているから……。
あぁ、松川主任が今は正義のヒーローに見えます!
「……で、まだ話を続ける気か?」
松川主任は、少しムッとした口調で話している。
ちょっとだけお怒りモード……かも。
「いえ、俺は仕事に戻ります」
「太郎、話は終わっていない!」
「終わってるよ。答えは、出ているだろ?光彦、アイツを幸せにしてやってくれ」
「えっ?」
えっ……今の……どういう意味?
「それじゃ」
鈴木さんは、天瀬さんに気持ちを告げると、自分の席へと戻っていった。
「光彦、お前も仕事に戻れ」
「はい、松川主任……失礼します」
「あぁ……」
天瀬さんも松川主任に言われ、仕事場へ戻っていった。
やっと誰もいなくなり、私も用事を済ませなくちゃと勢いよく立ち上がった。
「うわっ……!?」
しかし、ずっと同じ体勢でいたので足がしびれていたらしく、前に倒れ込んでしまった。
「……春子、大丈夫か?」
「……えっ?」
顔を上げると、松川主任が私にハンカチを差し出していた。
「今の、聞いていたんだろ?これ、使え。洗って返してくれれば良いからさ」
「……大丈夫です。ちょっと足がしびれて動けなくなっただけなので」
回復に少しだけ時間がかかりますけれど……。
「じゃなくて、ここ。あぁ……化粧が落ちてるな」
松川主任は、私の頬にハンカチをあてた。
話に集中していたからか、気付かないフリをしていたのか……涙が流れていた。
「……あはは。私……涙なんて流して、馬鹿ですよね」
「馬鹿じゃないだろ。心は自分の気持ちに正直だからな。春子が気付いていなかっただけだ」
……そっか、だから涙を。
でも、今頃自分の気持ちに気付くなんて、遅すぎたよ……。
「仕事に戻れるか?」
「あ、はい。化粧直ししてから、営業部へ寄ります。松川主任にもらいたい書類があったので」
「そうか、用意して待ってるよ。あまり遅くなるなよ」
「はい」
私は借りたハンカチで目頭を押さえながら、自分のロッカーへ急いだ。
その間、誰かに見られていただなんて知らずに……。
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