「ち、千夏……ちょっと落ち着こう?あのね、実は……」


「貸して」


「はいっ!?」


いきなり襖を開けて入ってきた鈴木さんが、私の持っているスマホを貸してと言い出した。


「加藤が来ちゃ困るんだろ?だったら、それ貸して」


困るけど、鈴木さんが話す方が困るような……。


「あの……」


「それじゃ、今から来てもらうか?」


いや……それも困る。

あぁ~!どうしたらいいの!?



『春子?』


「あ、千夏。あのね、電話……あっ」


電話……鈴木さんと代わるって言いたかったんだけど、その前に取られちゃった。


「もしもし、受付の加藤?急に電話を代わって申し訳無い。俺、鈴木太郎です」


「あぁ、そうだよ」


「……あぁ、それは大丈夫だ」


……千夏と何を話しているんだろう?

私の電話を受け取った後、あっちの部屋に行っちゃって鈴木さんの声しか聞こえない。

千夏に変な事を言っていなければ問題は無いけれど、鈴木さんだからなぁ……凄く心配だよ。



なかなか電話が終わらない……。

ここでじっと待っていても仕方がないと思った私は、部屋から出てお風呂のお湯を入れにいった。

きっと入れ終わる頃には終わるはず……蛇口から出るお湯を見ながら、そう思っていた。


「佐藤、加藤が代わって欲しいって」


「あ、はい……」


びっくりした……。

さっきまであっちで電話していたのに、いつの間にか背後に立っているんだもん。


『…………☆★!』


「佐藤、加藤が何か言ってるぞ」


「えっ、あ……はい」


驚きすぎてスマホを握ったままだった……。

鈴木さんは私にスマホを渡した後、何事も無かったように居間に戻っていってしまった。

千夏と何を話したんだろう……。



『もしもし、春子?私の話、聞いてる?』


「あ、千夏……。ごめん、何?」


『全く……何があったの?私からも、鈴木さんにちゃんとお礼言っておいたから』


「お礼?」


千夏まで鈴木さんに何かしてもらったとか?


『もし、彼に会ってなかったら変な男に狙われて、襲われていたかも知れないでしょ。春子を家まで送ってもらって、感謝だよ』


「うん。そうだよね」


偶然とはいえ、確かに感謝すべきだよね。

襲われる心配があるかどうかは謎だけど、ここまで送ってくれたのは感謝に値する事だものね。



『で、もしかして……これから鈴木さんと?』


「ん?」


鈴木さんと……何?


『春子、ちゃんと避妊してもらいなさいね?まだ付き合ってもいないのに、男の勝手にはさせちゃダメだからね!』


え……避妊?

それって、私が鈴木さんと……大人の関係になるって事!?


「ち、千夏!そ、そんな事は間違っても無いから!鈴木さんが、私なんて相手にする筈がないでしょ!?」


どう間違ったらそういう思考になるのよ!



『フフッ、春子はまだまだお子様なのね。安心して良いよ、しっかり言っておいたから』


「何を?」


『春子を無理矢理襲ったら、許さないからね!って』


「千夏!」


千夏ってば、心配性だなぁ。

鈴木さんなら大丈夫なのに……。


『アハハ!それじゃ、春子また明日~』


「うん、また明日」


千夏は高らかに笑い、通話を終わらせた。

全く……余計な事まで言っちゃって、鈴木さんが冗談だと受け取っていてくれたなら助かるけど。

もし誤解していたら、千夏の代わりに謝るしかないよね……。


お風呂のお湯を止めて浴槽のフタを閉めると、大きくため息を吐き、足取り重く居間へ向かったのでした。



「鈴木さん、お風呂入れました。先にどうぞ」


「あぁ、悪いな」


「大丈夫ですよ。その間に布団敷いておきますね」


「ありがとう」


鈴木さんは着替えを持ち、お風呂場へ行ってしまった。

千夏と何を話したとか内容を言うと思っていたのに、何も言ってこなかった。

かといって、千夏からさっき言われた事を……『気にしないで下さいね』なんて言えないし。


あぁ、考えすぎて頭が痛くなってきた。

今日は色々とありすぎだよぉ……。



ポチャン……。


「ふぅ……」


佐藤は、俺と居ても何も感じないのだろうか。

風呂に入ってとか、布団を敷くとか、普段通りに対応しているもんな……。

こんな感じじゃ、俺が雰囲気を作ったとしても気付かれずにスルーされそうだな。


さっき加藤に言われたが、俺は無理矢理なんてしない主義だし、誰でもいいというタイプでもない。

佐藤だから、ここまでしているんだ。


もし、あの時……目の前で泣きながら歩いていたのが他の女だったならば、視界にも入れなかっただろう。



それにしても、光彦は佐藤に何の用事で電話なんてしてきたのだろうか。


翌日の仕事の連絡事項なら、メールで来るだろ?

もし急ぎの件ならば、留守電に入れるか何度も電話してくるし。

それ以外だとしたら、プライベートの用事だろうな。


もしかして、2人は両想いなのか……?

いやいや、それならば俺を泊めたりしないだろ。


まさか、俺と光彦を両天秤にかけているのか?

いや、佐藤はそんな器用な女ではない。

短期間だが……俺が見てきた佐藤は、他の女とは違う。

俺は、そう信じている。



「佐藤、風呂あがったよ」


「あ、はい。では、私も入ってきます」


「あぁ、ゆっくり暖まってくると良い」


「はい、ありがとうございます」


布団を敷き終わってぼーっとしていたら、鈴木さんが濡れた髪にTシャツスエット姿で現れた。

かなり色っぽくて……目の毒なんですけど。


「ドライヤー、ここに置いておきますね」


「サンキュー」


鈴木さんがイケメンだって事忘れていた。

仕事上では普通に接しちゃっていたし、こうして泊まるって決まってからも、2回目だし……大丈夫だ、平気だよ、なんて思い込んだりしていた。

自分の気持ちを確認する為に、思いきった行動をしたのに……私は何をやっているんだろう。



ポチャン……。


「あぁ~気持ちいい!」


やっぱりお風呂場は良いなぁ。

暖まるし、リラックスできるいやしの空間だよね。


それにしても、さっきの鈴木さんのお風呂上がりの姿……ドキッとしちゃったな。

普段はスーツでカチッとしたスタイルしか見ていなかったから、新鮮というか見惚れたというか……。

あんな姿を見せたってことは、私の事は女性と見ていないのかもしれない。


だって……普通に出てきたし。

もし脈ありだとしたら、何かしらアピールしてくるものでしょ?

ドラマや漫画では……だけどね。



実際は、全くそんなシチュエーションに会ったことも経験も無いから、脳内で妄想ばかりが繰り広げられるだけ。


『佐藤、俺と一緒に風呂に入るか?』


『は、恥ずかしいから……ダメです』


『佐藤、恥ずかしがるお前を見てみたい』


『あっ……』


ギャー!

馬鹿、バカ、ばか!

こんな妄想、鈴木さんにバレたらどうするのよ!


はぁ……こんな妄想、悲しすぎる。

ダメだ、長湯しすぎてのぼせてきたかも。

お風呂出なくちゃ……。

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