故意?濃い?恋?

「乗って」


「…………」


鈴木さんが、自分の車に乗れと私に言う。


気まずい……。

だって、鈴木さんの誘いを断ったからこうなったんだし。

自業自得なのに、厚意を受けるわけにはいかないでしょ。

私は『ごめんなさい』とお辞儀をして、その場から後退りしていった。



「佐藤、拒否権はないぞ。大人しく乗れ」


恐っ……。

何故か鈴木さんは怒っていて、命令口調。

助手席のドアを開けて、目で早くしろと訴えていた。


「し、失礼します……」


ここで拒否したら、何をされるか分からない。

大人しく言うことを聞いて、助手席にちょこんと座った。



「ふぅ……。で、何があった?」


「へっ……?」


「へっ?じゃない。仕事が終わったばかりなのに、余程の事が無い限りそうはならないだろ。誰かに何かされたのか?」


「……ハハハッ」


鈴木さんは、車を走らせながら私に話し掛けてきた。

私が何も言わなくても、分かるなんて……驚きすぎて乾いた笑いしか出なかった。

そして、何故かまた涙が流れていた。



「帰ったらその腫れた目を冷やせよ。そのままだったら、明日……噂好きな女達が何を言い出すか分からないぞ」


「そうですね。そうならないようにします」


鈴木さんは『話せないなら良いよ』と、小声で言ってくれた。

毒舌だけど、今はそれも愛のある言葉に聞こえてくる。

時々、優しく感じる時も……。

苦手だった人なのに、隣にいるのが鈴木さんで良かった……とそう思ってしまっていた。



「それじゃ、おやすみ」


「おやすみなさい……。鈴木さん、ありがとうございました」


お祖母ちゃんがいるからか、家の少し手前で降ろしてくれた。

そして、私の声が聞こえたかどうか……のタイミングで、鈴木さんは、車を走らせて帰っていってしまった。


はぁ……。

今日は自業自得とはいえ、大変な日だった。

鈴木さんにも、天瀬さんにも、悪いことしてしまった。

彼らは善意からしてくれた事なのに、私は何故……あんな行動を取ってしまったのか。


最低だ……。

明日……ちゃんと謝らないと。

でも、何て言えばいいか分からないよ。


解決策が浮かばないまま、私は家まで歩いていた。



「……あれ?家が真っ暗だ」


この時間は、家にいる筈。

まさか、お祖母ちゃんが……倒れたとか!?


「お祖母ちゃん!」


私は急いで家の鍵を開け、玄関から勢いよく部屋の中に飛び込んだ。

しかし、どの部屋にも台所にもお祖母ちゃんの姿が見えなかった。



「ど、どうしよう……まさか、お祖母ちゃんが誘拐されたとか!?」


こういう時、どうすれば良いんだっけ。

警察?

ううん、まずは両親の所に電話だよね。


『……お掛けになった電話は、電波の届かない所にあるか……』


……2人とも仕事中で忙しいのか、機械的な音声の後に留守電モードに突入。


次はどうすれば良い?

冷静になればなろうとする程焦りが出てきて何も思い浮かばず、玄関先で立ち尽くすだけだった。



「はぁ……」


佐藤を送り届けてすぐに車を出したが、2~3分後には車を停車させていた。

格好つけて理由を聞かなかったが、アイツに何があったのか……本当はとても気になっていた。

そして、どうして俺がアイツの為にこんな状況になっているのか、その理由は理解している。


それだけに、これから俺はどうしたらいいか。

1度誘いを断られている身としては、すぐに行動するのもシツコイ男だと思われてしまうだろうし。



「悩んでいても、仕方無い……か」


明日にでも時間をみて話し掛けてみるか……と思い車を出そうとした時、助手席に何か置いてあるのを見付けた。

それは茶色の定期入れで、中を見てみると佐藤春子と書かれていた。


「アイツのか。慌てていて落としたみたいだな……。これが無いと、明日困るよな?」


これは俺にチャンスが来たのか?

いや、ただの偶然だろう。

でも、すぐにアイツと話す機会が出来たんだ、電話をして届けてやろう。

俺は内心ドキドキしつつも、電話を掛けていた。




~♪~♪~♪


「……もしもし」


『…………』


電話に出た筈なのに、返事が無い。

もしかして、もう寝たのか?


「佐藤……だよな?」


『鈴木さん……お祖母ちゃんが……』


お祖母ちゃんが?

反応が遅い、何があったのか?


「どうした?」


『お祖母ちゃんが……いないんです。お父さんもお母さんも連絡が取れなくて……どうしよう!』


「佐藤、落ち着くんだ。すぐに行くから、待ってろ」


『…………』


「佐藤、返事は?」


『はい』


俺は佐藤の返事を聞くと、エンジンを始動させ、車を急発進させた。



「佐藤!」


「鈴木さん……」


先程の電話から数分後、目の前に鈴木さんが現れた。

私はどうしていいか分からず、玄関前で座り込んでいた。


「そんな所に座っていたのか?それで、ちゃんと家の中を探したか?」


「はい。何処にも居なくて……」


「何処かに行くとか言ってなかったのか?」


「はい。全く……」


今朝は普通に挨拶しただけで、特に余計な話もしなかった。

鈴木さんに会ったら、送ってもらったお礼を言いなさいとか……それくらいは言われたけれど。



「中に入って良いか?俺も探すから」


「はい、どうぞ。私の部屋以外なら……勝手に見て良いですよ」


私は玄関を開けて、鈴木さんに入るように促した。


「佐藤の部屋が何処か分からない。お前が案内しろよ。自分の家じゃないんだから、勝手見れないだろ」


確かに……。

私の部屋が分かったら、エスパーか。

この間来ただけじゃ、把握していないよね。



「まずは、茶の間だな。……おい、これは何だ?」


「あ……」


茶の間のテーブルに、紙が置いてあった。

書き置き……あったんだ。

慌てていて気付かなかった。


「これは、本人の字か?」


「はい、お祖母ちゃんの字です」


いつもは達筆で読みにくいけれど、今回はちゃんと読めるように書いてくれていた。



読んでみよう……か。


『春子へ

2泊3日の温泉旅行に行ってきます。○×温泉だよ。勿論、彼氏と楽しんできます。春子、貴女も頑張りなさい』


「……彼氏と温泉旅行!?」


「佐藤の祖母は、彼氏がいるのか。凄いな」


「ちょっと、聞いてないし!っていうか、いつの間に彼氏なんて出来たのよ。はぁ……信じられない」


確かに凄いけど、でも……それなら朝食をとっている時に、出掛けるとか言ってくれても良かったのに。

もしかして、彼氏がいない私に遠慮して言えずにいたのかな。



「佐藤、頑張れだってよ。で、何を頑張るんだ?」


「そんなの、知りません!あぁ、私……バカだ」


泣きわめいちゃったし、鈴木さんまで呼んでしまうし。


「否定は出来ないな。まぁ、でも結果的に祖母の居場所が分かって良かったじゃないか」


「はい……」


鈴木さんは、私を見て笑っていた。

バカな私を笑ったのかもしれないけれど、バカにした笑いではなかった。


今までだったら、呆れて大きな溜め息吐かれていた……。

それが、一緒に幹事をやってから扱いが変わった。

これって……親しくなったから?

そう思っても良いのかな……。

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