二人の王子と地味女。

「全く、いい加減にして欲しいよね。地味女だったのに、急に色気付いちゃって。きっと、太郎様に気に入られたくてイメチェンしたのよ」


「えっ、あの女が太郎様に!?そんなの、有り得ないでしょ。私達の王子様なのに!」


……朝からカフェが騒がしい。


誰がお前達の王子だって?

しかも、『太郎様』だなんて気色悪っ。

俺がここにいるのに、よく大声で言えるよな。


あぁ、嫌みを言い過ぎてメイクが崩れている……。


俺はどんなに綺麗に見える女でも、周りが見えない常識の無いヤツは醜く見える。

それに、そういうヤツが一番面倒で疲れるし。

やはり無視するに限るな……。



「太郎、おはよう。カフェにいるなんて、珍しいね」


「まぁね。朝は静かで穴場だと思ったんだが、そうでもなかったよ」


珈琲を切らしてしまっていて、会社のカフェでゆったり飲みたいと思っていたのに、噂話が飛び交っているし、煩いし、腹が立っていて味すら分からない。

来るんじゃなかった……。


「まぁ、光彦様!朝からお会いできるなんて、嬉しすぎる!」


「本当ね、うちのプリンスを2人も拝めるなんて、今日は良い事がありそう!」


……おい、王子様からプリンス呼びかよ。

光彦はともかく、俺はそんなキャラじゃない。

想像するだけで、胸焼けも吐き気もしてきた……。



「悪い、職場に戻るよ」


「あぁ……そうだね。私もそうするよ」


「じゃあな」


ガコン……。


「初めからこれにすれば良かったんだ」


光彦と別れて職場のフロアに戻った俺は、自販機で缶珈琲を買う。

そして、グッと一気飲みすると部署へと戻った。



「松川主任、おはようございます」


「おはよう」


「先週はお疲れ様でした」


「あぁ、幹事役ありがとうな。部長達も満足していたぞ」


「いえ。俺は任された役目をしただけですから」


先週で面倒だと思っていた歓迎会&懇親会の幹事役が終わった。

いつも通りの仕事に戻るだけだが、少しもの足りない気持ちになるのは何故だろうか。



地味で役に立たなそうなアイツと組まされた時は、何故なんだと疑問に思っていた。

だけど、そうではなく。

合コンの日、良い女に変わっていて仕事も出来るヤツだと分かった。


それからは、アイツを歓迎会の打ち合わせだという口実で食事に誘った。

深い理由はなく、ただ何となく誘いたかった。

幹事だから……という理由を上手く使い、断られることもなかった。



「それで、これからどうするんだ?」


「これから……とは、どういう意味です?今日の予定は、客先で打ち合わせですよね?」


特にこれといって事前に報告する事は無かった筈だが。


「……俺が口を出すことでは無いが、嫁が気にしているんだよ」


「何をですか?」


主任が何を言いたいのかさっぱり分からない。

家庭内の事で、俺が関わっている事なんて1つも無いと思うが。


「春子がお前の為にイメチェンしたらしいじゃないか。それなのに、お前は何も進展させなかったのか?」


アイツが……俺の為に?

噂は、本当だったのか。



「いや、俺は……気付かなかったし。勘違いですよ」


「勘が良い筈なのに、恋愛に関してはダメなんだな。良い男が独り身な理由が分かったよ」


恋愛はそれなりにしてきた。

だが、よく考えてみれば……俺から告白したことは無かったな。

……今さらだが、俺は鈍感だったのか?


いや、そんな事はないな。

嫌な女からアピールされると、体が拒否反応していた。


「いいえ、やはり主任の勘違いですね。もし、佐藤さんが俺に対して好意を寄せていたら、絶対に分かりますから」


アイツは、いつも普通に接していた。

俺とアイツは、幹事という役目をした同僚だったからな。



「そうか、勘違いだったか。でも……いや、何でもない。太郎、さっきのは忘れてくれ。申し訳無かった」


「はい。では、席に戻ります」


主任、まだ何か言いたそうな感じだったな。

アイツを可愛がっているから、余計な世話をしてしまうのだろう。

だが、俺とアイツは何も無い。

あるとしたら、光彦の方だよ……。


アイツを見る瞳は、同僚を見る感じではなかった。

きっと、光彦もアイツを……。

だが、相手は社長の息子だろ?

上手くいくのか……?


ハハッ……。

俺がアイツの事で悩むなんて、らしくない。

2人は両想いなんだ、それなのに余計な心配は要らないな。




「おはようございます」


「天瀬さん、おはようございます」


今日も可愛らしい春子さん。

彼女と話す時は『佐藤さん』と呼んでいるが、心の中では『春子さん』と名前で呼んでいる。

イメチェンして、可愛さに美しさまでプラスされていて、会う度に胸のドキドキを隠すのが大変だ。

挨拶を交わすなら余裕だが、この間みたいに路地裏で2人だけで話していた時は、どうなるかと思った。


普段は優しい男性でいたいのに、彼女といると……男の本性が強く出てきてしまっている。

もしそうなってしまったら、彼女は私のことを嫌いになってしまうだろうか……。



「天瀬さん、先週はお疲れ様でした」


「お疲れ様でした。では、仕事に戻ります」


「はい」


もっと話したい事はあるけれど、松山さんが聞き耳を立てているから止めておいた。

短い会話だけれど、この一瞬で1日の活力になる。


だが、春子さんがいる部署にいられるのも……あと2ヶ月。

彼女ともっと過ごしたいと思うのは、いけないことだろうか……。



「春子のお祖母ちゃん、無事に退院出来たんだね、おめでとう!」


「うん、ありがとう」


昼食時間、千夏にお祖母ちゃんが退院したと報告をした。

何度か祖母の家に来たことがあったので、この報告をとても喜んでくれた。


「だけどね、実家に帰らなくちゃ……だよね。私は留守番役として住まわせてもらっていたから」


「そうか。そうなるんだ……。でもさ、お祖母ちゃんと暮らしたいってお願いしたら、許してくれるかもよ?また怪我したら大変でしょ?」


今回は短期の入院で済んだけれど、次は何があってもおかしくない年齢……。

お祖母ちゃんが元気でいるから、そんな事考えもしなかった。



「うん、そうだよね。お祖母ちゃんに言ってみるかな……ダメ元で」


「春子のお願いなら聞いてくれるよ。実家に戻ってもさ、お祖母ちゃんは1人で寂しいだろうし」


「うん。千夏、ありがとう。それじゃ、またね」


「またね~」


そうだよね、まずは話さなくちゃ。

お願いを聞いてくれなかったとしても、私の気持ちだけは知っていて欲しいもん。

千夏に元気をもらった私は、晴れやかな気持ちで仕職場へと戻っていった。

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