「嫌、離して!嫌~!」


とうとう追い付かれてしまい、腕を強く捕まれてしまった。

私は恐怖のあまり、泣き叫んでいた。


「佐藤!俺だ、落ち着け、怪しい奴じゃない」


……え?

今、私の事……佐藤って言った?

驚いて勢いよく振り返ると、息を切らせた鈴木太郎さんがいた。


「鈴木……さん……だ」


「……そうだよ。全く、こんなに全速力で走ったのは学生時代以来だな」


「すみません……。だって、来てくれるとは思っていなかったし」


きっと怒ってるか呆れているだろうな……。

申し訳無さすぎて、鈴木太郎さんの顔を見ることが出来なかった。



「お前な……。まぁ、いいか。家まで送るから、来い」


「大丈夫です。タクシーで帰るので……」


「良いから、先輩の言うことに逆らうな」


ここで先輩の権限を使うんですか?

でも、逆らっても勝てそうもないし……。


「はい、ワカリマシタ」


「何だ、そのカタコト言葉は。俺に送られるのが嫌なのか?嫌なら、アイツに頼むが?」


「アイツ……?誰ですか?」


千夏?それとも、愛ちゃん?



「アイツと言ったら、光彦しかいないだろ。お前、好きなんだろ?」


「光彦……天瀬さんですか!?私が、天瀬さんを……!?」


好きって、どうしてそうなるの!?

確かに優しくてイケメンで、王子様で……とても良い人だけど、ときめいたりもしたけれど、でもでも……好きになんてなっていない!

いや、好きだけど……そういう好きとかじゃ無い。


「違うのか?さっき……『和』の路地裏で見つめ合っていただろ」


「違います!どうして、天瀬さんも鈴木さんも勘違いするんですか?私が誰を好きとか、特定の人がいるとか、勝手に決めつけないで下さい!そんな人はいません!」


あぁ、しまった。

腹が立って……先輩だっていうのを忘れて怒鳴っちゃった。

もういいか、だって……これからは関わることも無いし。



「……いないのか。そうか、それなら俺が送っても問題ないだろう。ほら、早く行くぞ」


「あ……はい」


あれ?

怒られるかと思ったのに、言い返してこなかった。

具合でも悪いのかな……?


「あの、手を……離していただきたい……のですが」


「お前が逃げ出すから駄目だ」


「……逃げませんよ」


そう言ったのに、掴まれた手の力が強くなっていた。

鈴木太郎さんの様子が変だ……。



「送っていただき、ありがとうございました」


「いや、別に気にするな。それより、家に誰かいるのか?明かりが見えるぞ」


「えっ……?」


本当だ、家の電気がついている。

出る時に消し忘れたのかな……。

いや、そんな訳はない。

ちゃんと確かめて出掛けているもの。


どうしよう、誰かいたら……。

もしかして、泥棒とか?

でも、泥棒って電気つけるのかな……。



「心当たりが無いのか?」


「はい」


心当たりが無くても、どんなに怖くても、自分が帰る家だし確かめなくては。


「じゃ、じゃあ……ここで」


「おい、お前震えてるだろ。俺が代わりに確認するから、ここで待ってろ」


「でも……」


「でもじゃない、早く鍵を開けろ」


ガチャ、ガチャ……。


カラカラカラ……。


「ただいま……」


「ここで待てよ」


「は……い」


鈴木太郎さんは、安全が確認するまで入るなと念を押し、ゆっくりと玄関へ足を進めた。



「あら、あなた……どなた様?」


「え……」


「お祖母ちゃん!?どうして?あっ、退院したの!?」


キョトンとした顔で、私と鈴木太郎さんを見ているお祖母ちゃん。

そうか……明かりの犯人?は、お祖母ちゃんだったんだ。


「春子、おかえりなさい。こちらは、もしかして……彼氏?」


「彼氏!?違っ、彼は……会社の人」


「はじめまして、私は春子さんと同じ会社に勤めている、鈴木太郎と申します」


あっ、鈴木太郎さん……まともに挨拶できるんだ。

そうだよね、営業部のエースだもんきちんとしてるよね。



「今日ね、会社の飲み会があって……遅くなっちゃったから、ここまで送ってくれたの」


「まぁ、そうだったの。春子がお世話になって……。ありがとうございました」


「いえ、こちらこそ……春子さんにはお世話になっていますから」


えっ、そうかな?

全くお世話はしていないんだけど。

チラリと鈴木太郎さんを見ると、『余計な事は言うなよ?』って目で訴えていた。



「そうだ。あのね……お祖母ちゃん、ここまで送ってくれたし、お茶でも……」


「いえ、私はここで失礼します。夜中に申し訳ありませんでした」


それじゃ……と、鈴木太郎さんはお祖母ちゃんと私に挨拶すると、車で帰っていってしまった。


「春子、彼はなかなか良い男だね」


「……そうかな?」


良い男って、イケメンって事?

否定はしないけれど、お祖母ちゃんの好みだったのかな?



「さて、もう寝よう。春子も着替えて寝なさい」


「はい、おやすみなさい……」


お祖母ちゃんが退院していたなんて、予期していなかったけれど嬉しかった。

でも……それと同時に、これで一人暮らしが終わってしまうという現実が。


私は、ただの留守番役。

近々実家に帰らなくてはいけないのだと、布団の中でとても寂しい気持ちになっていたのだった。

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