「お疲れ様でした~。気を付けて」


会の参加者を店の外で見送る私。

家に帰る為に駅やバス停へ向かう人、二次会に行く人……それぞれ楽しそうに目的地に向かって歩いていった。


「佐藤は、二次会に行かないのか?」


「はい、私は片付けがあるので。品川さん、私の分まで楽しんできてください」


「そうか?手伝えなくて悪いな~。じゃ、また来週~」


品川さん、お気持ちだけいただいておきます……と心の中で呟き、最後の1人を見送った。



「大将、女将さん、今日はありがとうございました」


店内へと戻り一通り片付けを終えると、お礼を言った。

普段は静かでゆったりした居酒屋なのに、忙しくて騒がしかったしね。


「春子ちゃんこそ……仕事終わったばかりなのに、休まないでずっと動いていたから大変だったでしょ。夕御飯用意するから、カウンター席に座って待っててね」


「ありがとうございます、嬉しいです」


鈴木太郎さんのお陰で、食べ物を口に出来たけれど、ご飯ものをガッツリ食べたい気分だった。


だって、米を食べないと1日が終わった気がしないんだもん……。



「はい、どうぞ」


「わぁ、すごい!」


「いっぱい働いてくれたから、特別サービスだよ。いっぱい食べてくれな」


「ありがとうございます。いただきます」


鯛やマグロのお刺身、鯛のあら汁、人気ナンバーワンのモツ煮込みに大盛のご飯まで。


いつもは食べきれる量じゃないけれど、沢山動いてちょうど空腹になってきたし、完食できそうな気がする。



「美味しい~!」


今日の予約があったからか、大トロの刺身まで出してくれた。

こうやってのんびり味わえるなんて、幹事をやっていて良かった~。


「旨いだろう?春子ちゃんに食べさせてやりたくてさ、取っておいたんだからな」


「えっ、私にですか?」


「そうなのよ、この人……春子ちゃんが来る日は、美味しいもの食べさせるんだ~!なんて、特に張り切ってるのよ」


「アハハ、社交辞令でもそう言ってもらえて嬉しいです」


俺は社交辞令なんて言わないぞ?と、大将は笑って言ってくれた。

確かに、大将はそう言う人ではない。

嘘も嫌いそうだもんね。



「そういえば、太郎は何処に言ったんだ?春子ちゃんを置いていくなんて、とんでもない野郎だな」


「あ、多分……二次会に行ったかもしれません。飲み過ぎた人を介抱していましたし、同行したのかも」


チラリと見ただけだけど、千鳥足の人をタクシーに乗せたり、何処かに電話したりしていたもの。

私も手伝えれば良かったけれど、任せた方が安心かなと勝手に思っちゃって。

だから、私が鈴木太郎さんの分まで片付けを頑張ったんだ。



「そうか。それなら良いんだが、さっき……俺見ちゃったんだよね、男が春子ちゃんを連れていくところ。太郎も黙って見ていたからさ、拗ねたんじゃねぇか?って思ったんだけど」


えっ、天瀬さんと外に出るところも見られていたの!?

でも……誤解を解いただけだし、後ろめたいことなんてしていない。


「あの鈴木太郎さんが拗ねるとか、そんな事は無いです。それに、男って……ただの同僚ですから」


「そうかしら……?私にはそう見えなかったけど」


「女将さんまで……。本当に何も無いですよ」


天瀬さんは誤解をしていたけれど、鈴木太郎さんなら大丈夫だよね……?



「今日は、本当にありがとうございました。そして、美味しいご飯やお土産までいただけて幸せです」


煮物に果物までお土産に持たせてくれた。

明日は休みだし、楽しみが増えちゃった。


「こちらこそ、ありがとな。またいつでも来てくれよ」


「帰り、1人で大丈夫?タクシー呼ぼうか?」


「大丈夫ですよ。1人で帰るなんて慣れていますから」


今まで誰一人ナンパなんてして来ないし、振り向きもしなかった。

だから、大将や女将さんが心配するような事は起きないもの。


「でもな、もう23時過ぎてるしな~」


「大将、心配していただいてありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですから。では、おやすみなさい」


私は2人を安心させるように、笑顔で挨拶をすると店を後にした。



「寒っ!」


暦上は秋、夜遅くになるとさすがに外の空気は冷たいな……。

もう少しで夜中の12時になるからか、人通りも少なく、余計に寒さを感じていた。


スーツ1枚じゃ寒かったな……と思ったが、早歩きすれば平気かも!なんて、役目を解放された私は楽天的になっていた。


時計を見ると、もう終電が行ってしまう時間。

タクシーを拾うしか無いと諦めた私は、駅にあるタクシー乗り場へ向かって歩き始めた。



早足で歩いているのに、やけに遠く感じる。

夜道だから……なのか、1人だからか……だんだん心細くなってきた。


その時、少し先の方で1台の車が停車した。

そして車の運転席のドアが開いたと思ったら、誰かがこちらに向かって歩いて来た。

薄暗い街灯では、誰が来るか判断できない。


どうしよう……。

周囲を見渡しても、助けを求められる知り合いは誰もいない。


……ここは、走って逃げるしか無い。



進行方向から来る人を避け、全速力でタクシー乗り場へ向かって急ぐ。

立ちっぱなしだった足は、疲れていて思うように動かないけれど、襲われるよりはマシと、今ある力をフルに出していた。

それなのに先程の人物は、私の後を追って走ってきていた。


何故、私を追ってくるのよ!

なかなか目的地に着かないし、追っ手と距離は徐々に近くなっている……。

自分の足の遅さに腹が立ち、泣きそうになっていた。

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