「おーい、佐藤!こっちにビール!」


「はい、今お持ちしま~す!」


「幹事~!こっちにレモンサワー1つ!」


「はい、お待ちください!」


……疲れた。

ヒールが無い靴で良かった。

お洒落しなくて良かった……。


時間が経過していくと共に、酔っ払いの相手が面倒になってくる。

私が幹事じゃなければ、もっと雑に扱っていたかもね……。



「佐藤、大丈夫か?」


「あ、はい。何とか……」


ヘトヘトになって座敷に座っていたら、鈴木太郎さんがそっと声を掛けてくれた。


「ほら、これ食べて少し休め。お前、何も口にしていないだろ」


お皿に盛られた唐揚げとサラダ、そしてコップに烏龍茶を注いで持ってきてくれた。


鈴木太郎さんも、上役の相手で忙しいだろうに……私に気付いてくれていたんだ。

疲れていたからか、じわっと涙が出そうだった。



「ありがとうございます。でも、後から食べますから大丈夫ですよ」


貸し切りは2時間。

あと30分もすれば、この忙しさから解放されるもの。


「無理するな、目の下にクマが出来てるぞ。後は俺が動くから、大人しく言うことを聞け」


「無理はしていないです。クマなんて前はいつもありましたから、気にしませんよ」


せっかくの申し出なのに、私は素直に聞き入れなかった。

可愛くない女だなって自分でも思うけれど、頑張ってきたのにここで止めるなんて嫌だった。



「ふぅ……分かったよ。だけどな、せっかく大将が作ってくれたんだ、温かいうちに食べておけ。皆、良い感じに酔ってるし、5分や10分休んでも誰も気付きはしない」


「……はい」


私はこれ以上抵抗しても無駄だと思い、出来立ての唐揚げを一口食べた。

空腹だったからかいつもより美味しく感じ、とても幸せな気分になった。


それから、塩味、生姜醤油味、甘辛のタレの味と……全種類の唐揚げを堪能した。


食べ終わるまで俺がここにいるからと言ってくれたお陰で、サラダまで完食。

誰にも見付からずに、美味しい料理を味わうことが出来た。



「美味しかった……。鈴木さん、ありがとうございました」


「いや、俺もついでに休めたからお礼は良いよ。お互い様だ。さてと、後少し頑張るか」


「はいっ!」


私達はその場を立ち上がると、盛り上がっている場へと戻っていった。



そして、会がお開きの時間に近付いていき安心しかけた時、天瀬さんが私を呼び止めた……。


「佐藤さん、ちょっと良いかな?」


「はい、何でしょうか」


私は何かのオーダーかと思い、近付いた。


この時……疲れていて無防備だった私は、天瀬さんが普段と違う雰囲気に気付くことが出来なかった……。



「ここは煩いので、少しだけ外に出ませんか?」


「あ、はい……」


耳元で言われたからか、それとも甘い声にドキッとしたからか、急に心臓がバクバクし始めた。

ドキドキではなく、バクバク……。

こんなに落ち着かない心臓は初めて……いや、そうではなくて。


何?このシチュエーション……。

イケメンが、もとい……天瀬さんが、居酒屋の外……誰からも見えない暗がりへ私を連れてきて、目の前に立っていた。



この場所に連れてこられて、1分か2分。

天瀬さんは、私をじっと見ているだけで何も話していない。

普段なら静かな場所が好きなのだけれど、今は違う。

表の騒音すら、今はありがたいと思ってしまうくらい静かすぎて……この場を逃げ出したかった。


「天瀬さん、私……もう戻らないと」


どうにか今ある気力を振り絞り、声を掛けた。

そして、この場を動き出そうとしたその時、天瀬さんが声を発した。


「佐藤さん、太郎の事が好きなの?」


「……?」


何を言われているのか、分からなかった。

いえ、言われていることは分かったけれど、何故そんなことを言うのかが理解できなかった。



「あ、いや。その……佐藤さんが太郎と仲が良さそうだったから、気になって」


もしかして、天瀬さんは私と鈴木太郎さんの仲を勘違いしている?

どこをどう見てそうなるの?


あ、そうか。

天瀬さんと鈴木太郎さんは仲が良いから、嫉妬心を抱いたのかも。

共に幹事という仕事上の仲なのに、何故そういう発想になってしまうのかな。


「好きとか……特に思った事はありませんし、考えた事もありません」


「そうなんだ……。良かった」


私が言った言葉に安心したのか、天瀬さんの表情が和らいだ。


やっぱり勘違いしていたんだ……。

2人の仲が、私ごときで崩れるなんて有り得ないのにね。



「佐藤、そこで何をやっているんだ?もう終わりにするぞ」


「あ、はい!」


「私も戻らないと」


もう終わりの時間になっていたのか……。

私は天瀬さんと共に、店の中へと戻っていった。


鈴木太郎さんは、暗がりにいた私達をどう思っただろうか?

天瀬さんみたいに、私達の仲を心配しないといいのだけれど……。

そんな事を思いつつ、幹事の役目がやっと終わるという安心感に一人浸っていた。

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