春子のモテ期!?後編

「今日は、いっぱい飲むぞ~!」


「……品川さん、程々にしてくださいよ」


あと少しで、定時退勤時間。

カウントダウンをするように、品川さんが気合いの一声をあげた。

皆はいつもの事だと放置プレイだけど、部長は『まだ仕事中だろ』と呆れた視線を送っていた。


歓迎会の場所は、鈴木太郎さんが常連にしている店を貸し切りにしてもらった。

カウンターとテーブル席、座敷や個室もある居酒屋。

約30人も集まるから、1つのフロアであれば席は分かれていても良いだろう?って。



「まだ誰も来てないよね……」


開始時間より1時間前に店に着いた。

幹事だし、色々と準備があるからね。


そして、今は開店前。

普段なら、居酒屋の店の入り口には紺地で中央にドンッと大きく白字で『居酒屋 和』と店名が書かれた暖簾がかかっている。



「大将、こんばんは」


「いらっしゃい!」


このお店の店主、原田 和(はらだ かず)さん。

正確な年齢は教えてくれなかったけれど、50代の渋い江戸っ子っぽい男性です。

この店が歓迎会の場所に決まって、下見に何度か連れてきてもらっていたら、大将と仲良くなった。


「春子ちゃん、今日も良い女だね」


「大将、冗談は良いですから。今日は、よろしくお願い致します。早速、手伝いますね」


「おぉ、頼むな」


貸し切りだとはいえ、大人数をさばくのは大変だもん……やれる事は手伝わないと。

私は上着を脱いで厨房に入ると、人数分のグラスとおしぼりをテーブルに並べた。



「春子ちゃん、そう言えば……太郎はまだ来ないのか?アイツと一緒に来るかと思っていたよ」


「多分、仕事だと思いますよ。鈴木さんは、かなり忙しい人ですから」


営業部のエースでホープだもん、歓迎会の日だからってそう簡単に仕事を切り上げられないもんね。


「いや、そう言う意味じゃないんだけどな。まぁ、いいか。俺が口出すことでもないし、アイツが動かなくちゃ何にもなら無いしな」


「……えっ?」


「いや、今のは気にしないでくれ。あぁ、もうすぐ時間だな。外に貸し切りの看板出してくるよ」


大将は意味ありげな事を言って、店の外に行ってしまった。

最近、皆変な事ばかり言ってる。

私と鈴木さんが何かあるなんて……有り得ないのに。



「春子ちゃん、いらっしゃい。仕事で疲れてるのに、悪いわね~」


私達の話し声が聞こえたからか、女将さんが厨房の奥から店に出てきた。


「こちらこそ……大勢押し掛ける事になってすみません。これも仕事の延長みたいなものですから、どんどん使ってください」


「ありがとう。でも、春子ちゃんも楽しまなくちゃダメよ?せっかく綺麗になったのに、勿体無いわ」


女将さんの美花(みか)さんは、見た感じ50代前半くらいかな。

大将同様、やはり年齢は教えてくれなかったけれど、美人で明るい女性です。



「女将さん、私は幹事です。楽しんでいる余裕は無いと思いますよ」


そう、私は与えられたこの役目を終わらせること以外は考えられない。

歓迎会でもあり、総務部と営業部の懇親会でもあるけれど、私は殆ど接点も無いし……あまり交流を持たなくても仕事上困らないもの。


「春子ちゃんは、仕事に熱心なんだよ。だから、太郎が気に入っているんだろ」


仕事に熱心だという程ではないけれど、受け持った仕事には責任を持ちたいだけ。

だって、手抜きして後から色々と言われるのが面倒なんだもん……。


そして大将は誤解している。

鈴木さんが私と絡んでいるのは、歓迎会の幹事という共通の役目というものがあるから。

ただそれだけの関係なのに……ね。




ガラガラガラ……。


「こんばんは」


「ほら、噂をすればだ。太郎、遅いぞ」


「大将、遅くなってすみません」


「鈴木さん、お疲れ様です」


仕事を早めに切り上げてきたのだろうか、思ったより早く登場した。


「佐藤さん、お疲れ様。手伝えなくてごめんな」


「いいえ、私もさっき来たばかりですから」


「そうか?それにしては、フロアで姿を見掛けなかったけどな」


「えっ……?」


フロアに来てくれたの?

あ、そうか……部長に用事があって来たのかも。



「ほらほら、2人とも時間だぞ。幹事頑張れよ」


「さてと、表へ出て案内するか」


「はい。大将、女将さん、ではよろしくお願いします」


私達は店の外に出ると、歓迎会に参加するメンバーを迎え入れた。


続々と集まる参加者達。

その中でも松山さんは、居酒屋では浮いちゃうくらいのお洒落をしていた。


そして、最後に天瀬さんが到着した。

天瀬さんは金曜の夜だというのに爽やかな笑顔で、仕事の疲れすら見せていなかった。


それに比べて品川さんは、『はぁ……疲れた』とか『早く座らせてくれ』とかオヤジモード全開だった。

その行動を見る度に、天瀬さんの行いを見習った方が良いのでは?と思ってしまう私。


今から始まる歓迎会、どうか何事も無く終わりますように……。



「皆様、お疲れ様です。今日は天瀬さんの歓迎会と総務部と営業部の懇親会です。沢山語らって楽しんでください。それでは、乾杯!」


「「乾杯~!」」


鈴木太郎さんの挨拶で会は始まった。


私はというと、座る暇はなく……。

厨房からフロアへと、慌ただしく動き回っていた。

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