そして、数時間後の昼休み……。
千夏と休憩のタイミングが合ったので、屋上で一緒に昼食を食べていた。
「ねぇ、どうだった?」
「……ん?何が?あぁ、千夏のお陰で松山さんに怒られなくて済んだよ~。ありがとう」
合コンの内容を聞かれることは分かっていたけれど、当たり障りのない内容だけ言って、後はとぼけてみた。
だって……鈴木さんを家に泊めただなんて言えないでしょ?
「……春子、何か隠してない?」
「えっ、何が?」
千夏……恐い。
嘘は言っていないけれど、隠し事が出来ないというか、見抜くというか……。
「社内で噂になってるんだよね~。営業部の鈴木太郎さんが、金曜の夜に美女を抱えてタクシーに乗ったって。何人かが目撃したらしいんだけど」
げっ……。
その噂って、もしかして……品川さんが聞いてきたやつかも。
「そうなんだ……。金曜夜に……へぇ~」
合コンの日に美女と一緒だったなんて、私達と一緒にいた筈なのに、いつの間にって感じだよね。
もしかしたら、合コンの前に会っていたとか?
仕事が長引いたとか言っていたのに、モテる男は違うんだね~。
「春子、貴女……自覚ないでしょ?それとも気付いていないフリをしてるとか?」
「……ん?自覚とは?」
自分では全く身に覚えは無いし、気付くだなんてある筈がない。
だって、鈴木さんの事だもん、私に聞く方が変じゃないかな……。
「はぁ……。春子に見せれば良かったね、あの日の姿を。ほら、これ……記念に撮ったやつ」
千夏は溜め息を吐きつつ、スマホの画面を私に見せてきた。
そこには、見知らぬ女性の横顔が写っていた……。
あれ?ちょっと待って。
この服って、私が着ていたのと同じ服だよね?
もしかして……これって、私!?
「あの、千夏……本当に私なの?」
「うん、そうだよ。疑うなら、また変身させてあげるけど」
……本当なんだ。
私じゃないよ、この人。
松山さんが、私の事を分からなかったのも頷ける。
化粧って……その名の通り、化ける道具だったのね。
「……で、彼と何か進展した?」
「進展!?あるわけないよ!ただ泊めただけだし」
千夏が変なことを言うから、顔が熱くなっちゃったじゃない!
「へぇ……泊めたんだ」
千夏が私の話を聞いて、ニヤリと笑った。
「あ、う、うん……そうなの」
しまった、黙っていようと思ったのに……つい言っちゃった。
あぁ……恐ろしい。
千夏が何か企んでるよ……。
「あの……堅物がねぇ。へぇ~意外だね」
「何が?」
「ちょっとね~。春子にはそのうち教えてあげる」
堅物っていうのは否定しないけど、何が意外なのだろうか……。
そのうちって、何時だろ?
本当に教えてくれるのか謎だよね。
それから千夏は何かを考えていて(悪巧みじゃない事を願う)、鼻唄混じりで楽しそうにお昼を食べていた。
「それじゃ、仕事終わったら待ってるよ」
「了解」
お昼を食べ終わると私達はエレベーターに乗り、それぞれの職場に戻っていった。
千夏は、結局教えてくれなかった。
『凄く楽しい事だから、期待していていいよ~』とだけ言っていたけど。
楽しいのなら良いけれど、経験値レベルが千夏が100で私が5くらい。
その差がありすぎて、何が起きるのか想像すら出来ないよ……。
「さてと、仕事しよ」
いつの間にか戻ってきた品川さんの視線を無視しつつ、今ある仕事に集中しなくちゃと気合いを入れ直したのでした。
「なぁ、佐藤~」
「品川さん、今度は何ですか?今、忙しいのですが」
昼休み明けから、軽くかわしても何度か掛けられた声。
まだ15時前なのに、小腹すいたからオヤツくれとか言わないでくださいよ?
「そうみたいだな。ほら、あれ……見てみろよ」
「はい?」
そうみたいだな……ではなくて、そうなんですけど。
品川さんは私の話を聞き流し、フロアの端……エレベーターの前を指差した。
そこには、天瀬さんと鈴木太郎さんが立っていた。
「何の話してるか気にならないか?」
「別に。仕事の話じゃないですか?今は仕事中ですし」
他に何があるって言うのよ。
楽しそうに2人を見ていないで、自分の仕事に集中しなさいよ!
後で、終わらないから仕事を手伝ってくれ!って泣きついてもやりませんからね?
「そっか、そうだよな。はぁ……つまらん」
だから、仕事しなさいって……。
全く、こんなだから部長に呆れられてるんだよ。
品川さんが昇進コースに行くなんて、夢のまた夢だろうね。
それから暫くして、天瀬さんと鈴木太郎さんは何処かへ行ってしまった。
出掛ける前の打ち合わせだったんだと納得し、品川さんをチラリと見た。
「2人が何処に行ったか気になるだろ?」
「いいえ、気になりません」
仕事に集中していると思ったのに、ずっと2人を見ていたのか……。
「そうか、やっぱりアレは本当だったか」
「……アレって何ですか?」
そう私が答えた時、品川さんはニヤリと笑った。
あぁ、せっかく避けていた話題なのに、自ら墓穴を掘るなんて。
この時ばかりは、仕事に集中していない自分を恨んでしまった。
仕方無く話を聞いてみると、こんな内容だった。
あの営業部で人気ナンバーワンと言われる鈴木太郎さんの座が、実習に来ていた時期だけ天瀬さんに移ったらしい。
それを良く思っていない鈴木太郎さんが、天瀬さんの好きな女性を奪ってしまう。
それが原因で、凄く仲が悪くなってしまった……と。
「だからさ、さっきは彼女を返せとか言いに来たんだよ」
「それ、嘘ですよ。だって、天瀬さんも鈴木太郎さんもそんな人達じゃないですもん」
……そんなの、普通は職場でやらないでしょ。
全く、どんな妄想をしているんだか。
モテない男の被害妄想だって。
女性を奪い合わなくても、2人ともモテるしね。
あっ、決して鈴木太郎さんを庇った訳じゃないからね?
いくら少しだけ恩義があったとしても、嘘はいけないもん否定はしてあげなくちゃ。
「そうか?それじゃ、女がらみじゃないなら何だよ」
「だから、仕事の話」
私がそう言っていたのに、変な方向に話を持っていったのは自分でしょ?と言ってやりたい。
いい加減仕事をしないと、終わらなくなっちゃう。
品川さんがブツブツ何か言っているけれど、全無視して自分の作業に集中した。
まさか、あの2人が想定外の話をしていただなんて……。
しかしこの時の私は、千夏が企んでいる内容の方が気になってしまっていて、噂話なんてと軽く流していたのでした。
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