プルッ、プルッ……。


『はい、営業部……小園です』


「もしもし、総務部の佐藤春子です。朝からすみません、鈴木太郎さんはいらっしゃいますか?」


鈴木さんの内線にかけたのに、小園さんが出た。

もしかしたら……居ないのかも。


『太郎先輩~!総務の佐藤さんからですよ~』


うわっ、そんなに大きな声で言わないで!

朝で忙しい時かもしれないのに、無理矢理内線で呼び出したみたいになってるから、鈴木さんに怒られるかも……。



『もしもし、鈴木です』


「おはようございます。朝からすみません……あの、総務部の佐藤春子です」


……ヤバッ、なんか声が低くない?

物凄く怒ってるのかな……。


『知ってる。で、何?』


やっぱり怒ってるよ……。

さっさと用件を言って、会話を終わらせるしかないよね。


「歓迎会の最終的な打ち合わせをしたくて。もうすぐですよね」


『そうだな。それじゃ、空いてる時間見つけて連絡するよ。それで良いか?』


鈴木さんが、忙しくて忘れていたよ……なんてボソッと呟いていた。

何でも完璧っぽいのに、意外だな……。


「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」


鈴木さんにしっかりお礼を言って、内線を終わらせた。

ちゃんと時間を取ってくれるって言ってくれし、これで歓迎会は安心よね。

幹事になってしまったけど、実は頼りになる鈴木さんが一緒で良かった。



「おはようございます」


「天瀬さん、おはようございます」


今日も爽やかな笑顔です。

フロアの空気が一変して、清々しい空気が流れて来るようにも感じる……。

このまま平和な時間が流れそうだなぁ~と思っていた。


しかし、そうは問屋が卸さない。

あの人が静かに立ち上がり、こっちに歩いてきたのだ……。



「天瀬さ~ん!おはようございますっ。あら、佐藤春子さんも居たのね?てっきり……彼に会いにいったのかと思っていたのに~」


さっきまで大人しくしていた筈の松山さんが、変なことを言い出した。


「彼?佐藤さん、彼氏が居たんですか……?」


「……いいえ、全く居ませんけど」


天瀬さんの顔が、一瞬曇った気がした。

その隣では、松山さんが天瀬さんの反応を見て嬉しそうにしている。

私はというと、全く身に覚えの無い事で首を傾げるだけ。

生まれてから今まで、彼氏なんていう存在には縁遠いのに、そんなの突然現れる訳無いでしょ。

せっかく天瀬さんの爽やかな空気に癒されていたのに、なんて事を言うのよ!



「あら?とぼけても無駄よ。先週の合コン、酔った佐藤春子さんを鈴木太郎さんが抱き抱えてタクシーに乗せたのを見たのよ?でも……本当は、貴女は酔ったフリをして彼をホテルに連れて行った。そして、一晩中過ごしたのでしょ?だから、嘘はいけないわ」


「私を……鈴木さんが!?あり得ないです!」


確かに……私を送ってくれたし、一晩中過ごしたけど、同じ部屋じゃないし。


「佐藤さん、太郎とは……本当に何もなかったの?」


「鈴木さんは、私を家まで送ってくれただけです」


何も無い……訳ではないけどね。

布団に寝かせたし、雑炊を作ってあげたし。


でも、それ以上の事は……無い。

だって……女として見られてないから、そんな事が起きる訳が無いのよ。



「そうか、それなら良かった……」


天瀬さんは私からの話を聞いて安心したからか、自分の席へ行ってしまった。


「ふんっ、面白くないわね……」


松山さんは天瀬さんが戻ってしまった為、余計なことを言うのを止めて、大人しく席に戻っていった。

全く、私が鈴木さんを襲ったみたいな作り話……よく思い付くよね。

それじゃなくても、松山さんが話したことはすぐに社内に広まっちゃうんだから。

もし、鈴木さんの耳にでも入ったら……私が怒られるかもしれないのに、変な噂を流そうとするのは止めて欲しいよね。



さてと、邪魔者は居なくなったし……朝礼が終わったら、気合い入れて仕事しよう。


あれ?

もうすぐ始業時間なのに、品川さんの姿が見えないな……どうしたんだろ。

まさか、先週の仕事が終わらなかったから、出社拒否したとか……。

あり得るだけに恐いな。


バタバタバタ……。


あっ、噂をすればだ。

品川さんがフロアに駆け込んできた。



「ふぅ、セーフ……間に合った」


「品川さん、おはようございます。遅かったですね」


「面白い話を耳にしてさ、詳しく聞いていたら遅くなったんだよ」


どれだけ走ってきたのか、額から汗が流れていた。

そして、品川さんはハンカチで汗を拭きながら、私を見てニヤリと笑った。

しかも、凄く嫌な感じで。


……何だろう。

絶対に、私にとって良い内容じゃ無いよね。

聞きたいけれど、聞かない方が良いな……。

よし、スルーしよう。



「あの、そろそろ朝礼が始まりますよ?」


「おっ、そうだった。書類、書類……っと」


品川さんは自分の席に着くと、急いで鞄から資料が入ったファイルを取り出していた。

もしかしたら、締め切りに間に合ったのかも。

良かったですね……。


はぁ……。

品川さんの事だから、またさっきの続きを話し出すだろうな。

面倒だけど、その時は聞き流す程度で聞いてあげよう。

……暇人だったら、だけど。

とにかく、仕事を良い感じで終わらせて……いつでも歓迎会の方の作業が出来るようにしておこう。

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