「ようやく寝たか……。ったく、無理矢理玄関からここまで引きずるなんて怪力だな、背中が痛い。アイツを相手にして、俺がこんな思いをさせられるなんてな。フッ……予想外だったが、楽しかったな」


狸寝入りしたのも気付かない、アホなアイツ。

俺の事は、未だに初めて出会った『たろう』だと思っているのだろうか……?


どうしてもと頼まれた合コン、本当は乗り気じゃなかった。

総務部の松山麗香が合コンに参加すると聞いたからだ。

松山は容姿が良いせいか……自分は全ての男を落とせると思っている。

俺はそんな自信過剰な女が嫌いだ。



「鈴木先輩、あの……佐藤春子さんも参加するんですけど、それでもダメですか?」


営業部で後輩の小園が、泣きそうな顔で俺を説得しに来た。

何度も断っているのにめげない奴だ。


「あの……地味女の佐藤春子か?」


「はい」


こんなエサで俺が釣れると思ったのか?

それにしても、地味女でも合コンに参加するなんて意外だよな……。


「……面白そうだ。出てやるよ」


「やった~!ありがとうございます!」


何故……面白そうだと思ったのか、わからなかったがそうなる予感がしたんだ。

アイツなら、俺に色目を使うことが無いし……むしろ退屈をさせない。

松川主任は妹のように思っているだけあって、仕事はしっかりやるしな。

だから、人間観察のつもりで……(主に佐藤春子をだが)合コンに参加しようと決めたんだ。



合コン当日……仕事が長引いてしまい、参加を断念しようとした。

しかし、アイツの戸惑う顔が浮かんでしまい、合コンの開催場所へと急いで向かってしまった。

そして、案内された部屋に入ると……俺は目を疑った。

アイツが……地味女ではなく、良い女になっていたからだ。


そのせいか、『あき』がアイツを狙っていた。

アイツは気付いていなかったが、俺にはすぐに分かった。

……このままだと、今夜食われてしまう。

『あき』の隣で酔い潰れたら……終わりだ。

だから俺は、アイツをテラスに連れ出したんだ。

初対面のフリをして……。



『あき』は、俺の行動を見て楽しそうにしていた。

俺はそんな事は気にせず、アイツを守ることに専念した。

しかし……その最中、松山さんは俺が拒絶しているのにもかかわらず、何度も色目を使って落とそうとしていた。

ウンザリしていた俺を見て、『あき』が任せろと目配せしてくれて助けてくれた。


同じ会社の人間じゃなければ、毒を吐いて一発で黙らせたんだけどな……。


タクシーに乗っている時、『あき』はメールで『お前は俺が狙った女を持ち帰ったんだ、上手くいったら奢れよ』なんて入れてきた。

だから……つい、ノリで『了解』なんて返信してしまった。


俺が……アイツをモノにするなんて考えてはいなかった。

だが、今日のアイツは俺の心の奥底の何かを強く吹き上げようとしていた。


それはまるで……春の嵐の様に。

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