「『はる』さん、良かったら……外のテラスに行きませんか?」


「えっ、あっ……はい」


鈴木さんは、私の事が分からないのだろうか?

私を普通の女性として扱ってくれているみたい。

仕事場での態度とは180度も違うから、かなり戸惑う……。

だけど、何故か誘われるまま鈴木さんとテラスに出ていってしまった。


もしかして、私は……この合コンという雰囲気に惑わされてしまっているの!?

だから通常ではありえない行動に出てしまっているのね。

合コンというものには、魔物が潜んでいた……。

あぁ、私はこれからどうなってしまうのだろうか。



カタン……。


「どうぞ、こちらに座ってください」


「はい……ありがとうございます」


鈴木さんが、テラスにある椅子を私の為に引き出してくれた。

さらりと紳士的でスマートな対応をしてくれるなんて、驚いた。


これも千夏のお陰。

私が今日だけ限定の、『はる』という人物だからだよね……。

地味女の佐藤春子だと知ってしまったら、こんな態度は取らないと思うから。



「……これ、どうぞ」


「ありがとうございます」


いつの間にか持ってきてくれたドリンクは、太めのグラスに入ったカルーアミルク。

何を頼んで良いか分からなかったから、注文したやつだった。


鈴木さんが登場してから、動揺して全く味わっていなかったけど、コーヒー牛乳みたいな匂いがしてた……くらいの記憶しかない。



「甘いカクテルが好きなんですね」


「あ、いえ……そういう訳では無いんですけど」


居酒屋だとビールとかレモンサワーとか言えるんだけど、こんな洒落た場所じゃ……ね。


「そうなんですか?何杯も頼んでいたから、好きなのかと思いました」


げっ、そうなの?

全く……記憶に無いんだけど。

緊張していたから、やたらと喉が渇いて水分を欲していたからかな。



「甘いけど、アルコール度数はありますから……気を付けないと酔いますよ」


「あ……はい。そうですよね、気を付けます」


普段は酔うかもしれないけれど、鈴木さんがいるからどんなものを飲んでも、酔う気がしない。

酔って、いつボロを出してしまうか……そっちの方が怖いよ。


「特に、今夜は……送り狼がいますからね」


……ん?送り狼?

それって、俗にいう……男性が女性を家かホテルまで送り、何かをイタシテシマウという……あれのこと?



「アハハッ、あり得ませんよ!私が……そんな」


地味女の私には、一生縁がないシチュエーション。

今の私がどんな姿に見えるかは分からないけれど、この服を脱いだら色気の無さに驚いて逃げ出すに決まってる。

鈴木さんの発想が面白すぎて、思いっきり笑ってしまった。


それからは、何を話したか覚えていない。

色々なカクテルが目の前にあったのだけは覚えている……。

あっ、鈴木さんが相手なのに、何故か楽しかった気がするなぁ。



「……大丈夫か?」


「……何がですぅ?」


「お前、酔いすぎだろ」


ん?言葉遣いが恐いんですけど。

ついでにいうと、顔……近いんですけど。


「酔っていませんよぉ~?」


ほら、ちゃんと立てますし~。


「はぁ……」


何故、そんなに大きな溜め息を?

あれ?

ここは……何処?



「お前、後で……今回の借りを返せよ?」


「何がですか~?」


借りって、鈴木さんには何も借りてませ~ん。

あれ、ここって……タクシーの中?

いつの間に??


「今は良い。取り敢えず、着くまで寝てろ」


「はぁ~い!」


いくら考えても分からないけど、この枕……心地良い。

スーっと瞼が閉じていく……。

そして、私が眠りに落ちる瞬間……鈴木さんが私に話し掛けていた。



「ったく、無防備になりやがって。俺が……になっても知らないからな」


だけど、眠すぎて何を言っていたか聞き取れなかった……。



「ほら、着いたぞ……降りろ」


「……ん?ここは」


「お前の家だろ?」


……あっ、お祖母ちゃんの家だ。


「はい、そうです。『たろう』さん、送ってくださりありがとうございました」


「あぁ……。大変だったけどな」


鈴木さんが恐いモードのままだ。

私、何かをやらかしたのかな……。

全く思い出せないけれど、今の私は『はる』だし、二度とこの格好では会わないから大丈夫だよね。


「それじゃ、失礼します」


私は鈴木さんに丁寧にお礼を言うと、玄関の鍵を開けて中に入っていった。



ガラガラガラ……。


はぁ……疲れた。

慣れないことをすると、疲れる。

とりあえず、明日は休みだし……シャワーだけ浴びて寝ようかな。


「お邪魔します」


「はい!?」


げっ、何故……隣に鈴木さんが??


「俺、酔っ払ってるんだよ。で、『はる』さんを家まで送ってきたから、終電逃した。だから……泊めて」


「はぁ~!?」


ちょ、ちょっと!

嫁入り前の娘の家に、勝手に上がり込まないでよ!



「困ります!ここまでのタクシー代出しますから、帰ってください!」


「無理、タクシー帰したし」


イヤイヤイヤ、そこじゃないでしょ。

タクシーなら呼べるし……って、何故我が家のように寛いでるのよ!


「タクシーね、飲み会時期だからつかまえるの大変だったんだよな~。だからここに泊まるの」


そうだったんだ……。

じゃないでしょ!

ちょっと、玄関の板の間で寝ないでよ!


ガーン……。

寝息まで聞こえてきた……。

ダメだ、このまま見なかったことにして放置しよう。

……なんて無理か。

起きて風邪引いたなんて言われたら、後が恐い。

仕方なく居間に布団を敷いて、鈴木さんを引きずって寝かせておいた。


あとは知らない。

鈴木さんは居ない事にして、玄関の戸締まりをして……寝てしまおう。


うん、そうしよう……。



カチッ、カチッ、カチッ……。


「眠れない……」


シャワーをサッと浴びて、布団に入った私。

精神的に疲れているから眠れる筈なのに。


鈴木さんは居ない事にして……なんて思っていても、居間の方がとても気になってしまっている。

いくら壁や襖があったとしても、酔っ払いとはいえ男性が寝ているのだ……気にならない訳はない。


「はぁ……無理にでも追い出せば良かった」


心を鬼にして、寒空の下へ放り出せば……こんなに悩むことは無かったのに。

それにしても、何故……鈴木さんは私をここまで送ってくれたのだろうか?


飲み過ぎた私を哀れんで?

それとも、私が気になった……とか?

イヤイヤイヤイヤ、あり得ないでしょ。

うっすらしか覚えていないけど、恐い顔していたし。

……考えすぎて混乱したら眠くなってきた。

もういいや、きっと……深い意味は無いよね。


おやすみなさい……。

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