「私は『ミキ』です。花嫁修行中の20歳ですっ」


あはは、ここからじゃ見えなかったけど……ぶりっ子ってこんな感じの子を言うのかも。

花嫁修行中っていうことは、お家にいるだけ箱入り娘なのかな?


「私は『のりこ』です。隣にいらっしゃる麗香さんの後輩で、21歳の会社員です」


そうなんだ……。

松山さんの後輩かぁ~。

後輩だからか、松山さんをしっかり立てていた。

でも、色々と大変そうかも……。


「私は、『れいか』です。よろしくお願いしますっあっ、仕事は会社員です」


松山さんは、可愛い系の声で男性に話し掛けている。

男性達は、松山さんの話し方や仕草を見ていた。

でも、さっき私に話し掛けた声で地声がバレているのでは?と思うのは、私だけかな。



「えっと……私は、『なつ』です。のりこの友達で21歳です。今日は、皆さんにお会いできて嬉しいです」


この中で見た目は、一番可愛い系かな。

少しぽっちゃりしているけれど、普通体型かな。

皆が細すぎるからそう見えるのかも。


さて、私が最後か……。

なかなか言い出さないでいると、すごい視線が送られてきた。

……この視線が誰から来たのかなんて、見なくても分かるから恐いよね。



「……私は、さと」


コンコン……。


「お連れ様をご案内致しました」


「すみません、遅くなりました……」


私が自己紹介をしようとした時、タイミング良く遅れていた参加者……最後の1人が現れた。


そして私に向けられていた視線が、皆が一斉にその男性に注がれた。


私も、その男性を見た。

いいえ、凝視してしまった。

だって……すごく聞き覚えのある声だったから。



「先輩、お疲れ様です。皆さん、待っていましたよ~」


「いやいや、待っていないって。もっと遅くても良かったよ」


小園さんとあきさんが、来たばかりの男性に絡んでいた。


2人は彼の知り合いなのだろう。

かなり親しげに話していた。


いえ……そんな情報はどうでもいいの。

私は、彼の名前が知りたかった。


聞き覚えのある声、見覚えのある顔……。

でも、他人かもしれない。

良く言うでしょ?

自分の他に同じ顔が3人いるって。


そうよ、彼がここにいる筈が無いもの。


だから、名前さえ聞いてしまえば……私の知っている人ではないと安心できる筈だった。



「鈴木さん、お疲れ様ですっ」


「……お疲れ様です」


男性は空いている席に座り、松山さんに挨拶をした。

それは私の目の前。


だけど、私はその男性の顔を見ることが出来なかった。

松山さんが男性に向かって、鈴木さんって言っていた……猫なで声で。


男性も松山さんに挨拶していたし、面識があるって事は……やはり彼は、あの人。


いや、鈴木なんて日本で1、2を争うくらい多い名字だし、だから気のせい……気のせい。



「先輩、さっそく自己紹介をお願いします」


「あぁ……俺は、『たろう』です」


……あぁ、太郎って言った。

この名前を聞くまでは、似ているけど別人だと自分に言い聞かせていたのに……。


何故……あの『鈴木太郎』さんが、私と同じ空間にいるのだろう。


急に目眩もしてきたし、現実逃避……したくなってきた。



「……具合でも悪いんですか?顔色が悪いようですが」


「……えぇ、ちょっと。でも、大丈夫です」


私だってバレないように、おしとやかに……か細い声で答えてみた。

あの松山さんが分からなかったんだもの、きっと……大丈夫。


このまま女優になり続ければ、この場を終わることができるかも。


け、決して、モテたい為に猫をかぶった訳じゃないからね?


現に……パッと見た限り、好みの人なんていないし。



「太郎、さっそく彼女を口説いてるのか?抜け駆けするなよな」


「いや……別に」


そう、口説いてるなんて言わないで。

あきさんは、目が悪いのですか?

そんな事、ぜーったいにあり得ないから。


もしそうなったとしたら、地球が驚いて逆回転しちゃうでしょ。


「そうだ、彼女……自己紹介してなかったよね?」


げっ、忘れていて良いのに思い出しちゃった。

でも誤魔化すことも出来ないし、ここは観念して言うしかないよね……。



「あ、はい。私は『はる』と言います。今日は、れいかさんにお誘いいただきました」


春子と言おうか悩んだけど、自ら私の正体をばらす事になるので、上の二文字だけ名乗ってみた。


あきさんが、『はる』だなんて可愛いね……なんて、お世辞を言ってくれたし、お陰で怪しまれずに済んだかも。


それからずっと、私は正体を知られないように声を張らずにおとなしくしているけれど、松山さんの猫なで声と似たような事をしているなって……客観的に思ってしまった。

私がこんな事をする日が来るなんて、合コンって恐ろしい場所かもしれない……。



「そろそろ、席替えをしましょうよ~」


そんな提案を出してきたのは、一番若手の小園さん。

どうやら、気になる女性がいるみたい。


「そうね、そうしましょ」


その提案にのってきたのは、松山さん。

嬉しそうに席を立って、男性側の席に座った。

私はと言うと、どうして良いかわからず……とりあえずその場を動かなかった。


「……隣、良いですか?」


「あ、はい……」


ボーッと座っていた私の隣に、誰かが座った。

しかし、その声が男性だと気付き、我に返った私は……驚いて隣の男性を直視してしまった。



「こんばんは」


「こ、こんばんは……」


とりあえず挨拶を返したけれど、隣に……まさかの鈴木さんが座っている。

どう対応して良いかわからない私は、向かい側に座る松山さんに視線を移した。


「あら……『たろう』さん、『はる』さんが困っているようですし、そちらではなく……こちらに来ませんか?」


おぉ、天の助け!

あの松山さんが、私に助け船を出してくれるなんて。

さっきまで合コンが恐ろしいと思っていたけど、松山さんを変えてくれるなら、とてもありがたい場に見えてきた。



「いえ、俺は彼女……『はる』さんと話がしたいので。申し訳ありません」


「そうですか、それなら仕方ありませんね。次、私と是非お願いします」


げっ、何故断るのよ~!

松山さんが私を凄い形相で睨んでる。

私のせいじゃないのに、後が恐いんですけど……。


小園さん!松山さんの隣にいるんだから、黙って見ていないでフォローしてくれても良いんですよ!?


はぁ……誰も助けてくれないのね。

それなら、何とかして次の席替えまでこの場を乗りきらないと。

と言っても、全く策がない私は……隣にいる鈴木さんが気になって、微動だにすることが出来なくなっていた。

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