それから数時間、何事も無く時間は過ぎていった。

合間に名簿を作っておいたので、歓迎会の件で話に来る人にもすぐ対応できた。

このまま順調に行けば、今日の仕事もキリが良いところで終わりそう。


そう思っていた……。


「ねぇ、佐藤春子さん……私、手伝ってあげても良いわよ?」


「はっ?」


……仕事中だというのに、変なタイミングで現れた松山さん。

手伝うって何を?

主語が無いし、松山さんに手伝ってもらう仕事なんて無いんですけど……。



「だから、私が天瀬さんの歓迎会の幹事を手伝ってあげるって言ってるの。あなた、忙しいでしょ?」


……えっと、さっきは私が暇そうだからとか言っていましたよね?


「松山さん、仕事が忙しいのに手伝ってくれるんですか?それなら……」


色々言われたけれど、手伝ってくれるなら……出欠集計とか任せちゃおうかな。

私は手元にあった出欠用の名簿用紙を、松山さんに渡そうと手に取った……。


「あっ、私……忙しいんだった。当日手伝うから、その時は声掛けてね?」


松山さんはそう言うと、さっさと席に戻っていってしまった。

あ……逃げられた。

面倒なことはやりたくないと……なるほどね。



天瀬さんの歓迎会だし、営業部との懇親会だから点数稼ぎをしようと思っているんだろうな……。

だけど……その場だけ繕っても、後でバレた時の方が痛手が大きいのでは?と思うのは、私だけだろうか……。


でも、松山さんはそんな事は関係ないのかぁ……。

綺麗で身のこなしが軽やかで、女性らしい人だから男性には通用している。

これで性格が良ければ、女性にもモテていたのか……ここだけは残念。


とにかく、当日は手伝う気満々だから任せてみようかな。

あっ……でも、鈴木さんに確認しないと、怒られそうだから、前もって言っておこう。

いくらイケメンでも、天瀬さんと鈴木さんでは人種が違うから、取扱注意……違う意味で。



こうして少しだけ面倒なことはあったけれど、歓迎会の幹事業務は比較的順調に進んでいった。


日程は双方の部の都合が良い、月の中旬……再来週に決まり、場所は人数が決まった時点で鈴木さんが取ってくれていた。


「あぁ、再来週かぁ……」


「佐藤さん、歓迎会の幹事だから忙しいよね?」


「えぇ、まぁ……」


……品川さん、そう言いながら仕事を頼もうとしないで。

然り気無く書類を置こうとしたので、見ないフリして手で押し返してみた。



「でもさ、天瀬さんの歓迎会だし……遣り甲斐あるんじゃない?これで上手くいけば、評価も上がるしさ。幹事をやるだけで上がるなんて、羨ましいよな」


はぁ!?

そう思っていたなら、品川さんが私に変わって幹事をやってくれても良いのに!

私は評価なんて(少しは気にするけれど)関係無いし、頼まれたからやっているだけなのに。


……まぁ、私が断れないっていうのもあるけれど。

ていうか……それ以前に、そんなので評価が上がる訳無いでしょ!?



「女性は良いよなぁ、武器があって。男は上司をおだてて持ち上げるとかしか方法無いもんな~」


いや、あるでしょ。

そんな方法で上がろうとしないで、仕事で成績上げなさいよ。

第一……うちの部長は、おだてたとしても通用しないタイプだけど。


「品川さん、私に武器があると思いますか?」


「いや、無いね……。あったら奇跡だね」


目の前の男、グーで殴って良いですか?

全く……いつまでもクダラナイ話をしていないで、さっさとその手に持っている仕事しなさいよ!

そして、少しは目の前の(一応分類的には)女性に気を使いなさい!



数時間後、やっと昼休憩の時間になった。

あれから面倒な品川さんの話を、右から左に流す事に徹したお陰で、何とか仕事を増やすのは回避できた。

休憩時間も来たし、これでやっと一息つける~!と椅子に座ったまま伸びをしていた。


カツカツカツ……。

何かが急ぎ足で近付いてくる。

この足音は……彼女しかいない。

あぁ、せっかくの休み時間なのに~来ないで!



「佐藤春子さん、ちょっと時間くれない?」


「えぇ……まぁ、良いですけど」


……はぁ、来ちゃった。

そして、この言い方は……嫌な予感しかしない。

何でもないフリして返事をしたはいいが、内心……かなりガッカリモード。

天気も良いし、屋上に行きたかったのに……その願いも叶わず、数十秒の夢だけに終わったか……。



それから松山さんに連れて来られたのは、1階のカフェエリア。


「すみません、オムレツセット1つ」


「私は……コーヒーだけで」


私はお弁当を作ってきたし無駄になっちゃうから、飲み物だけ頼んだ。

出来れば話だけ聞いて、さっさとこの場から立ち去りたい……。


「佐藤春子さん、食事頼まないの?」


「……お弁当持ってきているので」


だから、察して……早く終わらせて欲しいんですが。



「あら、そうなの?それなら早く言ってくれれば良かったのに~」


……はい、ごめんなさい。

行く先も告げられずに連れて来られたから、言えなかっただけです。


「それで、何か私に話があるんですよね?」


「えぇ、そうなの。実は……困っていて」


何をでしょう?

話を切り出したのはいいけれど、松山さんの表情を見ても何の話なのか全く読めないな……。



「ね、明後日の夜……予定空けてくれない?佐藤春子さんに一緒に来て欲しくて」


「金曜の夜ですか?特に予定は無いので大丈夫ですよ」


何処かに食事にでも行くのかな?

松山さんが誘ってくるなんて珍しいけれど、断る理由もないからOKしてみた。


「本当!?ありがとう。これで合コンの人数が揃ったわね。じゃ、夜7時に近くのワインバーに集合ね?」


「え、合コン!?」


ちょっと、待って!

合コンだなんて聞いてない!



「そうよ。問題あるかしら?佐藤春子さん、あなたに彼氏はいないわよね?それなら何にも問題は無いと思うけど?」


「はぁ……。まぁ、そうですね……」


問題は無いけど、合コンになんて参加したことないよ……。

しかも、松山さんがいる合コンだなんて……気が重いだけじゃない?


「じゃ、決まりね。あら、昼時間もあと30分しか無いわよ?ほら、早くお弁当食べに行きなさい」


「それじゃ、私は行きますね」


……あぁ、来るんじゃなかった。

後悔しても、もう遅し……。

私は松山さんに挨拶をし、頼んだコーヒーを飲み干すと、タイミングよく開いたエレベーターに駆け込んだ。

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