「佐藤春子さん、おはよう~。あら、もう仕事しているの?真面目ね~」


「お、おはよう」


……しまった、松山さんが出勤してきた。

もうそんな時間になっていたの?

集中していたから、時間があっという間に経っていたのね……。


よし、松山さんは自分のデスクに行ったことだし、さっさと終わらせちゃおう。


「ね、それって……何?」


「えっ?」


さっきまで少し離れたデスクにいた松山さんが、私のパソコンのモニターを覗き込んでいた。



「へぇ~。天瀬さんの歓迎会を兼ねて営業部との懇親会をやるのね~」


「あ、はい……」


いえ、正確には……懇親会を兼ねて歓迎会をやるんですけど……。

ていうか、タイトル入れなきゃバレなかったのに……私って真面目すぎ。


「で、何故、佐藤春子さんがこれをしているの?」


はぁ……やっぱりそう来たか。

だから、いない時に終わらせたかったのに……。


「部長命令です。皆さんが忙しいので、私に頼んだのだと思います」


私だって理由は分からない。

部長からの指名だって事は分かるけど。

でも、そんな事を言ってしまったら……『私が指名されないなんて変だわ!』なんて発狂しそうだよね。

だから適当に理由を言ってみたけど、これで納得してくれるだろうか……。



「そうねぇ、私っていつも忙しいし……暇そうな佐藤春子さんならって任せたのかもね」


……はいはい、そう言うことにしておいてください。

自分で適当に言った理由だけど、松山さんに言われると腹が立つのは何故だろう。


「という訳で、後程……出欠と可能な日を確認に行きますので、よろしくお願いします」


「えぇ、わかったわ」


はぁ……良かった。

これで第一関門突破ね。

ギャーギャー騒がれるかと思っていたけど、問題なくクリアできて一安心かな。



それから暫くして、続々と部内の人が出勤してきた。

勿論、この会の主役である天瀬さんも。


「佐藤さん、おはようございます。昨日はありがとうございました」


「天瀬さん、おはようございます。いえ、途中で別な用事で離れてしまって……お役に立てたかどうか」


私が席に戻ってきた時、天瀬さんは居なくて……たぶん部長と打ち合わせか会議かしていたんだと思うけれど、全く会えなかったから心配だった。

案内役を任せられたのに、しっかり最後まで出来なかったから余計に気になってしまって……。


「佐藤さん、あなたのお陰で素敵な場所を知ることが出来ました。また2人で行きましょう」


「あ……はい」


全く……昨日の事が心配で、ブルーな気持ちになりかけていたっていうのに、そんなドキッとする事をさらりと言うなんて……。

きっと意味は無いんだろうけど、言われ慣れない私は少しだけ戸惑ってしまった。



「天瀬さん、佐藤さんを口説かないで下さいね~」


「……ダメですか?」


「止めた方が良いです。天瀬さんなら、もっと良い女性がいますから。ね、佐藤さん?」


「えぇ、そうですね」


……はぁ、冗談でもこんなやり取りなんて、あり得ない。

品川さんは、フォローしたつもりなんだろうけど、軽く酷いこと言っている。

確かに、天瀬さんには素敵な女性が似合うけれど、もっと良い言い方あったんじゃない?



「佐藤春子、ちょっと来てくれ」


「はい!」


げっ、朝礼前に部長に呼ばれてしまった……。

もしかして、天瀬さんの案内役なのに途中で離れたから……お叱りを受けるとか!?


でも、それは……。

いや、言い訳しても無駄だよね。

私がいけなかったんだ、黙って説教でも何でも受けてこよう。


『よしっ!』と気合いを入れると、天瀬さんと品川さんの会話から離れ、部長の席へまっしぐらに向かった。



「朝から悪いな、昨日聞いたと思うが……よろしく頼むな」


「……あっ、はい!」


不安と緊張のまま部長の前に立ったら、用件をすぐに言われた。

思わず任せてください!みたいなノリで返事をしてしまったが、少しくらい抵抗すれば良かったな……と、心の中で反省会……。


「用件はそれだけだ。戻って良いぞ」


「わかりました……」


部長の許可が出たので、早々にその場を退散した私。

振り返った時に、皆の視線が一斉に元に戻ったけれど、私と部長の間には何もありませんオーラを出して席についたから大丈夫よね?



♪~♪~

朝から流れている音楽がピタリと止まった。

それが始業の合図。

それが止む前に、部長の席の周辺に皆が集まる事が決まり。

シーン……と数秒静まり返った後、部内に部長の声が響いた。


「朝礼を始めるぞ。皆、おはよう……」


「「おはようございます!」」


「さて、今日は仕事の前に知らせておきたい事がある……。」


知らせておきたい事?

皆、何事だろう……と空気が一瞬だけざわついた。



「近いうちに、天瀬君の歓迎会を営業部との懇親会も兼ねて行う。幹事は佐藤春子に頼んだ。参加する者は、可能な日を佐藤に連絡して欲しい」


「わかりました」


「では、本日の業務連絡を……」


……ハハハ。

まさか、そんな話だとは。

皆にどう話そうか悩んでいたけど、部長があっという間に解決してくれちゃった。

これで仕事もスムーズにこなせそう。


さぁ、今日も頑張るぞ!

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