春子、幹事になる。
「はぁ……」
「佐藤さん、お帰りなさい」
松川主任の話が終わり、自分のデスクに戻ってきた。
『何故、私が……。私じゃなくても!』
『春子と太郎が適任なんだ。だから頼むな』
『……わかりました。佐藤さん、後で連絡する』
『はい……』
これは、松川主任と鈴木さんとした後半の会話。
その会話だけが脳内を占拠していて、私の帰りを楽し気に迎えてくれた品川さんの言葉なんて聞こえていなかった。
「はぁ……」
「佐藤さん、何かあったんですか?」
「…………」
今は、品川さんの相手をする余裕が無いのよ。
本当に……どうしたら良いんだろう。
春子は悩み続け、この日の仕事は全くはかどらなかった。
ピンポーン……。
「春子です」
「春子ちゃん、いらっしゃい。どうぞ入って」
私は仕事が終わった後、祖母の家に真っ直ぐ帰らずに寄り道をしていた。
仕事の悩み事があったり愚痴を言いたかったりすると、ここに来てしまう。
「愛ちゃん、急にゴメンね……」
「ううん、大丈夫。貴之さんがね、多分……春子ちゃんが来るかもって連絡くれたの」
ハハハ……先読みされていたのね。
でも、今日のは松川主任が原因なんだから!
「えっ……春子ちゃんが、社長の息子さんの歓迎会と懇親会の幹事をやるの?」
「そうなの……」
松川主任からの話は、これだった。
角野部長と営業部の金沢勉(かなざわ つとむ)部長から出た話みたいで、天瀬さんが営業部の実習が終わり、次に総務部に来て……その歓迎会と、ついでに?営業部と総務部の懇親会をしようと企てたらしい。
しかも、各部から1名ずつ幹事を出して欲しいと……そんな提案まで出されてしまった。
それで、私と……鈴木太郎さんに白羽の矢が当たったらしい。
誰が人選したのかは教えてくれなかったけど、かなり迷惑な話よね。
「でも、良い機会じゃない?営業部の人とも交流できるし」
「そうでもないよ……」
私があの感じ悪い鈴木さんと色々決めなくちゃいけないんだよ?
それに……その会の総務部の幹事が私だって知れたら、松山さんがなんて言うか……。
あぁ、想像しただけでも恐ろしい。
「営業部って、イケメン多かったよね~。あっ、でも貴之さんには負けるけど」
愛ちゃんは松川主任との写真を見ながら、頬を赤くしてうっとりしている。
否定はしないけど、あえて言われると……甘過ぎて口から砂を吐きそう。
「どうしよう……。場所も決めなくちゃいけないし、でもその前に参加する人数確認とか……。仕事もあるのに、こんな事頼まれるなんてついてない……」
天瀬さんだって、忙しいだろうし……。
それに、皆の都合っていうものもあるでしょ?
考えただけで、もう疲れてきた……。
「場所なら人数が決まってからでいいし、それに……春子ちゃん1人では無理だから、太郎さんにも頼んだんでしょ?彼、イケメンだし頼りになるから良かったね」
「はぁ!?頼りになる?初対面なのに、バカにしたんだよ?そんな男と上手くやれると思う?」
「そうなの?でも、大丈夫だよ。太郎さんに任せれば、上手くいくから」
その自信は何処から来るんだろう?
松川主任の部下だから、そう言えるのかな……。
「ただいま……」
愛ちゃんの手料理をご馳走になった後、私は祖母の家に帰った来た。
誰もいない家に帰るって、こんなにも寂しいものなんだ……。
こういう時、誰かにいて欲しいって思うのは……私のわがままだろうか。
「あぁ……明日、仕事休みたい……」
愛ちゃんに相談したけど、解決する方法は見付からず、愚痴を聞いてもらっただけになってしまったし。
幹事は仕方が無いとして、あの鈴木太郎の所に相談しに行くのが、一番嫌だ。
愛ちゃん曰く、あの鈴木太郎はかなりモテるらしく、狙っている女性が多いんだって。
松川主任が独身時代は、営業部で一番人気でモテ男だったけど、今は……鈴木太郎らしい。
……あれのどこが良いんだろう?
「はぁ……」
溜め息しか出ない……。
テレビを見ても、全く面白くないし。
こういう時は、ゆっくりお風呂に入って早く寝る……それに限るよね。
部屋に布団を敷き、お風呂のスイッチを入れた。
そして、温まったお風呂に良い香りの入浴剤を入れ、リラックス&リフレッシュしてみた。
「よし、これで明日は頑張れる!」
そう自分に気合いを入れ、早めに就寝したのでした。
「……おはようございます」
まだ誰もいない3階のフロアーと事務所、いつもと変わらぬ風景だ。
昨日の出来事は、きっと夢だったに違いない。
だって、イケメンが2人も出てきたし……あっ、松川主任も入れて3人か。
そのイケメンが優しい紳士とお兄さんと嫌な奴だったという、今まで生きてきた人生の中で、有り得ない経験だった。
そして、嫌な奴だけは会いたくないと願っていたのに、神様のイタズラか……その人と私が、まさかの幹事任命されてしまったのだ。
「夢だったら良かったな……」
「何がだ?」
私が呟いてしまった言葉に、誰かが反応して声を掛けてきた。
振り返ると、あの人物が入口に立っていた……。
「……げっ、鈴木さんが何故……ここに!?」
「お前に用事があるからだろ。朝しか空いてないんだよ、俺は」
「はぁ……そうでしたか」
忙しいのに来てくれたのね。
でも、突然現れたから……露骨に嫌な顔しちゃったよ。
「で、何か決めたか?」
「いえ……何も」
だって、どうして良いか分からなかったし。
「だと思ったよ。これ……店のリスト。総務部の参加人数が決まったら、俺に連絡しろ」
「はい、分かりました」
昨日調べてくれたのか、さすが営業部トップだけあって仕事が早いな……。
「じゃ、また明日来るから」
「えっ……また明日来るの!?」
そう何度も来なくて良いのに……。
私から出向くとか(本当は嫌だけど)、しようと思っていたし。
「俺は忙しいって言っただろ?昨日は会議でたまたま居たけど、本来は朝しか時間が取れないんだよ。後でお前が営業部に来ても、俺は取引先に出掛けていて帰りが遅くなるからな」
あ、なるほど……。
だから、来てくれたのか。
「鈴木さん、お忙しい中ありがとうございました。決まり次第連絡します」
「あぁ、分かった。じゃ、宜しくな」
鈴木さんは話を終えるとフロアから出ていき、急いでエレベーターに乗り込んだ。
彼の颯爽と歩く後ろ姿を見送った私は、少しだけ格好いいなって思ってしまった。
「さてと、掃除しよう」
急いで掃除を終わらせて、皆が来る前に懇親会の出欠名簿を作らなくちゃ。
メインの仕事に支障が出ないように、しっかり考えて時間を使わないとね。
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